最近、「初任給40万円」を打ち出したアパレル会社が話題になりました。
実はこの40万円のうち、17万2000円分は月80時間の固定残業代だということで、
「月80時間の時間外労働を予定する固定残業代は過労死基準で無効だ」とSNS等で話題になりました。
この指摘は、主に労働者側の弁護士、労働組合からされていたものなのですが、果たしてそうなのでしょうか。
固定残業代の予定時間が長時間だとしても直ちに公序良俗違反無効とはならない
確かに最近、労働者からの残業代請求の中で、「長時間予定の固定残業代は無効」との主張がとても多い印象です。
ただ、結論から言うと、裁判所は固定残業代の予定時間が長いだけで固定残業代が一発アウトとは考えていません。
固定残業代が無効との主張の理由は、過労死を招くような長時間労働を助長する以上、民法90条の公序良俗違反として無効という論建てです。
ここでよく引用されるのがイクヌーザ事件(東京高判平成30年10月4日)。
この判決は、アクセサリー、靴などの企画・製造・販売を営む会社の事件で、業務全般のサポート業務を行う従業員の固定残業代が80時間を超過し、これが公序良俗違反として無効とされたのです。
ただ、この事件では、80時間を超えるような労働実態が蔓延していた事情があり、非常に個別の事情が重視された印象です。
裁判官は、民法90条の公序良俗違反というのは、法律の最後の砦と考えている節があります。
我々の業界では、「一般法理」という言い方をするのですが、この条文の適用をすることは裁判官も容易でないという感覚を持っています。
実際、私もこの手の裁判を何件も手掛けていますが、概ねどの裁判官も「長時間だから固定残業代は無効」という短絡的な感覚ではありません。
むしろ、固定残業代の実態や運用等からして、明らかに長時間労働をさせながら「残業代の支払を免れる」ような場合には、何らかの理由(公序良俗違反とは限らない)をもって、固定残業代を無効と判断している印象です。
トラックドライバーでは長時間見込みの固定残業代も仕方ない
私の最近の訴訟・労働審判で多いのは、最近頻発しているトラックドライバーの残業代請求の中で固定残業代の有効性が争われる案件です。
今年4月に自動車運転業の働き方改革のスタートが迫っています。
労働基準法での時間外の労働時間の上限が年間960時間、改善基準告示により拘束時間上限が月293時間から284時間に引き下げられます。
これは、運送会社にとっては非常にシビアな改正ですが、これまでから時間外労働の削減や休日の拡充などで対応をしていると思います。
さて、そんな運送会社の努力の最中、労働者側の残業代請求事件を専門として扱う弁護士からの残業代請求事件の掘り起こしが進んでいます。
以前より運送会社では、未払残業代のリスクを軽減するため、固定残業代の活用が進んでいました。
ただ、運送会社での固定残業代は、数万円程度で未払をカバーできることは少なく、どうしても10万円とか15万円以上の単位になることが多いのです。
この固定残業代を時給単価で計算すると、80時間や100時間等の長時間労働を想定することになってしまうことが多い。
そこで、「これは過労死基準で無効だ」という主張がされる。
最近ほぼ8・9割ほどこの主張がされてきます。
しかし、特に運送会社のドライバーの業務では、他の業界以上に大きく事情が異なりますので、固定残業代の公序良俗違反は問題になりにくいのです。
ご承知のとおり自動車運転業については今年4月に規制適用となるものの、基本的に年間の総枠960時間までの延長が認められています。
上限として月100時間の時間外労働になること自体も禁止はされていないのです。
他の業種は、原則上限は45時間、延長は年6回までで、年間上限は720時間、月単位でも60~80時間程度が限度、という厳しい縛りがあることと比べると、かなり対照的です。
これは、自動車運転事業者においては、もとより運転時間や荷待ち時間等があること、荷主の都合で週休二日制が確保しづらいこと等から、必然的に長時間労働とならざるを得ない実態を加味してのことでしょう。
運送会社の特殊性を考えますと、ドライバーの固定残業代についてはイクヌーザ事件のような考え方等は当てはまりにくいのです。
私が経験した事案で、ドライバーの固定残業代が長時間のみを理由に無効とされた件はありません。
最近の労働審判の案件でも、100時間見合いになる固定残業代が有効と判断され、審判委員会が相手の請求額の10%以下の結論が出された事例もあります。
固定残業代制度をしっかり作っているのに、「長時間だから全て無効だ。判例もある」等と言われてしまうと驚いてしまう会社が多いが、臆することなく毅然と対応することが重要でしょう。