はじめに~配転命令の考え方
先日、令和6年4月26日に最高裁判決第二小法廷判決が配置転換命令に関する判決を出しました(滋賀県社会福祉協議会事件判決)。
配置転換とは、労働者の職務内容や勤務場所を相当の長期間に渡って変更することと定義されています(菅野和夫「労働法」第13版681頁以下)。
昭和からの長期雇用システムの中では、「企業組織内での従業員の職業能力開発・地位の発展や労働力の補充・調整のため」に、人事権の一内容として、使用者にかなり幅広い裁量が認められています。
労働者は、基本的に会社の配置転換命令には従う義務があり、拒否することはできません。
この配置転換命令に関しては、昭和に出された東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決)において、配転命令権が存在する場合であっても、
①業務上の必要性がない場合、②不当な動機・目的がある場合、③労働者の職業上・生活上の不利益が大きい場合には権利濫用として無効となるという判断がなされ、確立しています。
しかしこの判決の後には、配置転換命令に関して新たな判断をした最高裁判決は見当たりませんでした。
今回の滋賀県社会福祉協議会事件は、使用者の配置転換命令を否定する方向の最高裁判決との噂で、
「東亜ペイント事件の判断手法を変更するのか!?」
と、私達も注目していた判決だったのです。
さて、どんな判決だったのでしょうか。
労働法的には当然の結論?~職種限定合意がある場合は配転命令権はない
まず滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決の結論です。
最高裁判決の結論は、職種限定の合意がある場合には、配転命令権がないというシンプルなものでした。
労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。 |
私も、結論だけを聞いた最初の感想は、正直「そりゃそうだ」というものでした。
というのも、職種限定の合意が労使間でなされている場合、配転命令はできないという考え方自体は、労働法の教科書的には一般的な考え方だからです。
たとえば、労働法の大家である菅野和夫東大名誉教授も、以下のように指摘しておられます。
労働契約の締結の際に、または展開のなかで、当該労働者の職種の限定がされている場合は、この職種の変更は一方的命令によってはなしえない。
引用 菅野和夫「労働法」第13版・683頁
実はこの記述は、昭和60年に出版された菅野先生の労働法の初版から全く変わっていません。
私が菅野先生の下で労働法を学び始めました18年前の教科書(7版)の記載も同じ内容でしたので、上記の考え方は当然のように思っていました。
そのため、今回の最高裁の結論には目新しさを感じなかったのが率直な感想です。
私以外でも、多くの社労士の先生からも同様の感想を抱いたという話を伺っています。
ではこの最高裁判決は特に実務的な影響のない地味なものだったのでしょうか。
いえ、決してそんなことはありません。
この最高裁判決は、人事異動の考え方についての実務的なインパクトもさることながら、今後の労使関係のあり方にも影響を与える、非常に意義深いものです。
ここから解説に入ります。
滋賀県社会福祉協議会事件の事案
この事件は、被上告人(Y法人)に雇用されていた上告人(X)が、Y法人から、職種及び業務内容の変更を伴う配置転換命令を受けたため、同命令はXとY法人との間でされたXの職種等を限定する旨の合意に反するなどとして、Y法人に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)等をした事案です。
配置転換命令(配転命令)が違法であるかどうか、結局のところ、配転命令の有効性が争点となったわけです。
最高裁判決の認定した事案概要は以下のとおりです。
業務内容 | 公の施設である滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である滋賀県福祉用具センター(以下、単に「福祉用具センター」という。)において、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行う。 福祉用具センターが開設されてから平成15年3月までは、財団法人滋賀県レイカディア振興財団(b財団)が指定管理者として業務を行っていたが、同年4月以降はY法人が上記財団法人の権利義務を承継して業務を行っていた。 |
Xの勤務 | Ⅹは、平成13年3月に入職。上記財団法人に、福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(以下、併せて「本件業務」という。)に係る技術職として勤務していた。 |
職種限定合意 | ⅩとY法人との間には、Xの職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(以下「本件合意」という。)があった。 (※地裁判決・高裁判決が認定。詳細は後述) |
配置転換命令 | Y法人は、Xに対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下、この命令を「本件配転命令」という。)。 (※配置転換命令の経緯については後述) |
職種限定合意を認めた地裁・高裁判決~職種限定合意の判断基準とは
前提となる事実関係です。
実は、ⅩとY法人との間では、Xの「職種を技術者に限る」との書面による合意はありませんでした。
ですが、京都地裁判決(第1審判決)は、次の事実関係を考慮して、黙示による職種限定合意があったものと認定しています。
- Xが技術系の資格を数多く有していること、中でも溶接ができることを見込まれてb財団から勧誘を受け、機械技術者の募集に応じてb財団に採用された ☜経歴や採用経緯
- 使用者がb財団からY法人に代わった後も含めて福祉用具の改造・製作、技術開発を行う技術者としての勤務を18年間にわたって続けていた ☜勤務の状況
- 福祉用具センターの指定管理者たる被告が、福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することは本来想定されておらず、かつ上記の18年間の間、Ⅹは、福祉用具センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であった ☜職種の特殊性
- (以上からすれば)Ⅹを機械技術以外の職種に就かせることはY法人も想定していなかったはずであるから、XとY法人との間には、Y法人がXを福祉用具の改造・製作、技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったものと認めるのが相当である。
地裁判決によると、Xは、一級技能士(機械保全、プラント配管)、職業訓練指導員(機械科、塑性加工科、溶接科)、中学校教諭二種技術、社会福祉主事任用資格、ガス溶接作業主任者、フォークリフト他の資格・免許を有していたそうです。
こうしたⅩが、福祉用具センターでの溶接等の技術者として見込まれて採用された経緯、そして、実際に18年間もの間、唯一の技術者として勤務を続けてきた職種内容の特殊性等が考慮されたものです。
労働者を多様な業務に就かせて長期的に育成するという長期雇用システムが背景にあったことから、裁判所は職種限定の合意を認定することには消極的傾向が強かった。
特に、「黙示」の職種限定契約が成立するケースというのはかなり限られるはずです。
医師、看護師、ボイラー技士などの特殊の技術、技能、資格を有する者については職種の限定があることが普通であろう。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 683頁~684頁
(中略)しかし、このような特殊技能者であっても、長期雇用を前提としての採用の場合には、当分の間は職種がそれに限定されているか、長期の勤続とともに他職種に配転されうるとの合意が成立している、と解すべきケースも多いであろう。
上記以外にもアナウンサー、薬学部教授、タクシー運転手等で職種限定合意が認められた裁判例がありますが、反面、技術者(日野自動車事件-東京地判昭42・6・16)や車輛機械工(日産自動車事件-最一小判平元・12・7)であっても、職種限定合意が認められないとされた裁判例もあります。
なかなか職種限定合意は厳しいという実務がありましたので、原判決でどうやって職種限定合意を認定したのかが興味深いところでした。
上記のとおり、地裁判決で、①経歴と採用の経緯、②勤務の状況、③職種の特殊性等を考慮して黙示の職種限定合意を認定していることは注目ですね。
職種限定合意を認めつつも配転命令が有効と判断した原審判決
ところが、京都地裁判決も大阪高裁判決のいずれも、職種限定合意を認めながらも、Y法人の配置転換命令は有効と判断したのです。
これはいったいどういう理由だったのでしょうか。大阪高裁判決(大阪高裁令和4年11月24日判決)は次のとおりです。
【大阪高裁判決の引用】
Y法人が平成31年3月25日に内示を発表した本件配転命令は、その当時、福祉用具センターの唯一の技術者(改造・製作業務担当)であったⅩを総務課に配転させるという内容で、事実上、福祉用具センターにおける福祉用具改造・製作業務の廃止を前提にしているとみ得るものである。
そして、Y法人が、かかる業務縮小の方針につき滋賀県と事前協議等を行った事実はうかがわれない事から、本件配転命令により生ずる技術者の欠員状態が滋賀県との関係において適切でない面があったことは否定できない。
配置転換命令自体はⅩとの事前協議もなく行われてしまったようです。Ⅹは労働組合に加入していて、Y法人とは団体交渉を繰り返していた経緯があります。
その点は不適切だと指摘していますが、大阪高裁判決は以下のように続けます。
【大阪高裁判決の引用】
しかし、福祉用具センターにおいて福祉用具改造・製作の実施件数が大きく減少していた推移に照らせば、かかる方針に合理性がないとはいえないし、本件配転命令は、Y法人とXとの労働契約に基づくものであるから、Y法人の上記方針が、本件条例や本件基本協定の趣旨に沿わないものであったとしても、それをもって本件配転命令がただちに違法無効になるともいい難い。
おや?と思ったのは黄色ハイライト部分です。
職種限定合意があるにもかかわらず、配転命令をすることが労働契約に基づくと断定しています。
これは職種限定合意があったとしても配転命令権が肯定されるという考え方と思われます。
そして、大阪高裁判決では、地裁判決と同様に、Xへの配転命令が有効であると結論づけたのです。
最高裁判決の結論
ところが、冒頭にお話ししたとおり、最高裁判決は、こうした大阪高裁の判断をハッキリと否定しました。
職種限定合意がある場合には、そもそも配転命令権はない!ということを明言したのが今回の最高裁判決です。
【最高裁判決の引用】
労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。
上記事実関係等によれば、XとY法人との間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Y法人は、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
そうすると、Y法人がXに対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、Y法人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
原審は法律構成を誤ったのか?~配転命令の有効性の2段階判断
これで解説は終わり!
・・・でもよいのですが、ここからちょっと踏み込んでいきます。
そもそも、地裁・大阪高裁考え方は労働法的にはやや不可解に思えました。モヤモヤします。
配転命令が有効かどうかを判断するには、まず①配転命令権の有無を判断し、配転命令権が肯定されるとしても、②その配点命令が濫用ではないか(東亜ペイント事件の基準)という2段階の判断をするのが一般的です。
(これ、20年近く前に私が大学院で勉強していたころのメモにもハッキリと書かれているほどです(!))
まず、1段階目の①配転命令権があるかどうかについては、基本的には個別の労働契約によって根拠づけられているかで決まります。
そもそも、前述しましたとおり長期雇用を前提とした雇用関係では、労働者が企業組織内の様々なポジションで広く配転が行われます。元から使用者には人事権の一内容として幅広い配転命令権があるとされます。
このことから、大半の会社では、就業規則に「会社は、業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」という包括的な配転命令条項を入れているのです。
こうして、配転命令は、「当該労働契約関係における使用者の配転命令権の範囲内であるか否か」によって決まることとなります(菅野682頁参照)。
そして、職種限定や勤務地限定等の特別な合意がされているのであれば、当該職種や勤務地以外の勤務は「労働契約」上予定されていない以上、配転命令権の範囲外になるはずなのです。
この点は菅野教授の教科書の項目立てからも明らかで、以下の記載もあります。
実際の訴訟では、使用者は就業規則の一般条項による包括的な配転命令権を主張し、労働者は職種ないし勤務地を限定する合意(労契7条但書の合意)の存在を主張して、裁判所が労働者の社員区分、労働契約の成立や展開の仕方などから、当該配転についての配転命令権を判断することとなる。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 682頁
職種限定合意があっても配転命令ができるとした東京海上日動火災保険事件
この判断枠組みから見ると、大阪高裁判決は、1段階目の判断と2段階目の判断をごちゃごちゃにしているように読めるのです。
どうしてこうなったのでしょうか。なんとも解せない感覚でした。
というモヤモヤを解消するために大阪高裁判決の原文を読んでみました。
ここでは東京海上日動火災保険事件(東京地判平19・3・26労判941号33頁)で示された解釈手法が大いに影響していることがわかりました。
この裁判例は、損賠保険の契約募集等に従事する外勤の契約社員(リスクアドバイザー)という職種に限定された従業員を別職種に配転できるかどうかが争われた事件ですが、少し面白い基準が出されていました。
この裁判例は、原則は職種限定合意がされていれば同意なければ配転はできないとしつつも、それでは実際に不都合な場面が出てくることを強調します。
【東京海上日動火災保険事件判決の引用】
労働者と使用者との間の労働契約関係が継続的に展開される過程をみてみると、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他職種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。
その上で、例外的に、他職種への配転を命ずるについて正当な理由(正当性)があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当であるとして、配転命令が可能である場合があることを認めました。
この正当性を判断する際には以下の事情を考慮するというものです。
- ①採用経緯と当該職種の内容
- ②使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度
- ③変更後の業務内容の相当性
- ④他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度
- ⑤それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無
この裁判例は、職種限定の合意があったとしても、使用者側としてやむを得ない高度の必要性があれば、同意がなくても多職種に配転できることを示唆したものです。
いうなれば、「限定合意したからって、仕方ない時は仕方ないでしょ」的な。
かなり思い切った考え方ですね。
実際、この裁判例は、職種限定合意があるのに配転命令が可能である理論的根拠を明らかにしてはいないですし、理屈がよく分かりません。
さて、滋賀県社会福祉協議会事件の大阪高裁判決に戻って、その詳細を見てみます。
大阪高裁判決が配転命令を肯定したのは次のような理屈でした。
【大阪高裁判決の引用(☜部分は筆者)】
Y法人は、滋賀県に対し、令和3年8月31日、福祉用具センターの人員配置につき、改造・製作業務を担当する専任の技術者は配置しないとの内容で事業計画書の変更を申し出、同年9月17日、同事業計画書変更が承認されていることが認められ、事後的とはいえ滋賀県により同承認がされていることからすれば、本件事業場に技術者を配しないことが滋賀県との関係でおよそ許されない人員配置であったということもできない。
以上のことからすると、本件配転命令は、Y法人における福祉用具改造・製作業務が廃止されることにより、技術職として職種を限定して採用されたXにつき、解雇もあり得る状況のもと、これを回避するためにされたものであるといえるし、 ☜使用者における職種変更の必要性(②)
その当時、本件事業場の総務課が欠員状態となっていたことやXがそれまでも見学者対応等の業務を行っていたことからすれば、配転先が総務課であることについても合理的理由があるといえ、これによれば、本件配転命令に不当目的があるともいい難い。 ☜変更後の業務内容の相当性(③)
Xにとって、一貫して技術職として就労してきたことから事務職に従事することが心理的負荷となっていることなど、Xが主張する諸事情を考慮しても、本件配転命令が違法無効であるとはいえない。 ☜他職種への配転による労働者の不利益(④)
やはり大阪高裁判決の理屈ははっきりとしないのですが、、、
労働契約東京海上日動火災保険事件(東京地判平19・3・26労判941号33頁)の判断要素の②~④を考慮しているように読めますので、おそらく先例として意識しているのでしょう。
ということで、実務的には職種限定合意がされた場合に配転命令ができるかどうかに関して、その判断基準もさることながら、法的な根拠についても錯綜状態にあったことは否めなかったのです。
ということで、ここからまとめます。最高裁判決をふまえたポイントを4つ。
ポイント① やや理論的に錯綜していた配置転換命令権の範囲を最高裁が初めて明確にした
さて、滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判決の重要な意義の一つとしては、何よりもこの錯綜状態について最高裁が明確な結論を出したことです。
最高裁判決によって、職種限定の合意があった場合には配転命令権が否定されるということが理論的に整理されました。
職種限定合意(だけでなく勤務地限定合意)等というのは、先にお話した二段階判断のうちの一段階目です。合意によって労働契約の範囲が確定されることとなります。
東京海上日動火災保険事件の考え方はどう位置づけられるかです。
菅野教授も、この判決に関しては、「事案に応じた当該合意の解釈の問題であろう」(菅野684頁・脚注3)と指摘しておられます(この記載は第13版で新たに加筆されたものです)。
菅野教授の考え方からすると、東京海上日動火災保険事件が指摘するような事情は、そもそも職種限定合意が成立しているか、もしくは一旦成立した後、長期雇用が継続する中で、他職種に配転され得る合意が途中で(黙示に)成立するに至ったかどうかを判断する際に考慮することができるのではないでしょうか。
ポイント② 職種限定合意を前提とした「新しい働き方」は終身雇用システムの終焉?
次のポイントです。先日の事業場外みなし労働の最高裁判決でも、「新しい働き方」を示唆する補足意見が付されていました。
今回の最高裁判決も合わせて読むと、「新しい働き方」に向けての労働実務を作っていくべきとのメッセージが見え隠れするものです。
元々、広範な人事権として配転命令が認められていたのは、先にお話したとおり、定年まで雇用が保障されて、組織のどこにでも異動するのが当然であるとの終身雇用制度が前提となっていました。
ただ近年は、職種や部門が限定された正社員や、転勤も予定しない働き方も認められています。
正に、正社員であっても働き方が多様化しているのです。
こうやって、社員のキャリアコースや待遇に合理的なグラデーションを作ることが、「多様な正社員」の標語によって推奨されてきたのです。
職種限定や勤務地限定の正社員区分を設けることが、一層進展しそうな状況となっている(これらの限定合意がある事案において、当該職種や勤務地が消滅した場合における解雇回避努力義務の問題については762頁参照)。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 686頁
そこで、職種や勤務地の限定の有無やその範囲についての明示を促進するため、2023年の労規則改正(令5労令39号)により、労基法上書面による明示が要求される事項(労基法15条1項、労規則5条1項)のうち、就業の場所および従事すべき業務に関する事項にそれらの変更の範囲も含めることとされた(同項1号の3)。
注意すべきは労働基準法規則の改正により、2024年4月以降は事業主の労働条件明示義務の内容が改正された点です。
業務内容と勤務場所の「変更の範囲」を記載することが必要となりました。
これまでの雇用契約書は労働条件通知書では、入社直後の業務内容や勤務場所の記載さえすれば足りるとされていたため、職種や勤務地限定の合意等の成立が一見明らかではなかった。
ところが、この改正が始まった現在においては、職種と勤務地がどこまでの範囲で変更されるのかが書面で明らかにされることとなっています。
今後の契約では、職種限定・勤務地限定の労働者がはっきりすることとなります。
それどころか、2024年4月以降の雇用契約書や労働条件通知書で、「変更の範囲」が不明瞭な場合等には、限定ありと判断されてしまう可能性もあると思っています。
もちろん書面の記載だけでは決まりませんが、使用者の説明が足りなければ配転命令が否定されることも覚悟しなければならないということです。
今後、職種・勤務地の限定契約があるとされる場面が増えることを前提とした労務管理が必須です。
ポイント③ 職種限定合意のある労働者への実務的対応
最後に、会社が労務管理する際のポイントを整理します。まず、菅野教授の13版の記述に注目します。
近年には、職種・部門限定社員や契約社員のように、定年までの長期雇用を予定せずに職種や所属部門を限定して雇用される労働者も増えており、これらの労働者については、職種限定の合意が認められやすいことになる。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 685頁
これらの労働者を配転させるには、本人の同意を得るか(同意が得られない場合、解雇や変更解約告知の問題が生じる場合がある)、就業規則の合理的な配転条項を用意しておく必要がある(労契法10条但書にいう、就業規則の変更によっては変更されない労働条件の合意への該当性が問題となる場合がある)。
上記の黄色ハイライト部分は、12版までは記載がなく、2024年4月発売の13版で新たに加筆された内容なのです。菅野教授がこの配置転換の在り方の変化に着目していることは明らかだと思います。
この菅野教授の記載をヒントに、私なりに今後の労務管理の対応を最後に整理したいと思います。
- (1)職種・勤務地の限定をするか、書面で明示しつつ明確な説明を
大前提としては、職種限定合意をするかどうかについては明確にするべきでしょう。
ここは企業全体の制度設計にも関わります。
こうした限定的な社員を正社員にも認めて、「新しい働き方」を認めていくこともありでしょうし、そこはないとしても契約社員やパート社員のみについて、限定合意をするかの判断等、企業によって違う判断があります。
そして、こうした場合には、法改正に則り、各限定合意を雇用契約書ないし労働条件通知書に書き忘れることの無いようにしなければなりません。
- (2)どうしても限定合意のある職種や勤務地を変更しなければならない場合は、説明をして同意を得る努力を
ただ、企業においても事情が変わることはあります。東京海上日動火災保険事件(東京地判平19・3・26労判941号33頁)で示唆されたように、部門や部署が閉鎖されたりすることで、職種・勤務地を変えない限り雇用が維持できないこともあり得ます。
ただ、そうだとしても、職種や勤務地限定合意がされている以上、いかに事情が変わっても、同意なく変更の命令は不可ということは今回の最高裁判決で明らかです。
まずは同意を得るための努力をすることは必須でしょう。
- (3)就業規則の合理的な配転条項を整備する
菅野労働法の記載にあるように、限定社員への配置転換ができる配転条項を整備できないかというのも検討の余地はあります。
菅野先生の見解を読み解きますと、職種などが限定されている社員であっても緊急事態については配置転換ができるということを就業規則に記載するということでしょうか。
これが今回の滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決との兼ね合いで可能かということは議論になる可能性があります。
とはいえ、職種限定合意がありながらも、たとえば東京海上日動火災保険事件(東京地判平19・3・26労判941号33頁)に示すような事情がある場合には配置転換命令権があることを許容することを就業規則に記載したという場合は本最高裁判決の射程なのか興味深いところです。
ただ、仮にこのような規定を置いたとしても、個別の雇用契約書で職種・勤務地限定を明記した場合については、個別契約が優先しますので、限定合意をひっくり返すことはできないですね。
ポイント④ 最後の手段、解雇の広がりと変更解約告知の活用
さて、会社としてどうしても職種等の変更をせねばならない状況で配転ができないという事態だと、解雇を検討しなければなりません。
今回の最高裁判決が出たことで、むしろ職種・勤務地限定合意がされていた場合には解雇回避努力義務として配転検討は限定的でよい=解雇が認められる可能性が広がるということにもなりかねないところだと考えられます。
そして、もう一つの方法として、変更解約告知という方法です。
ほぼ外資系の労務管理でしか話題にならなかったこの制度を活用を検討する時代に突入するのかもしれません。
ドイツでは、労働契約上、職種や勤務場所が特定されていることが多いので、それらの変更(主として配置転換)は変更解約告知によって行われる必要がある。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 779頁
変更解約告知というのは耳慣れない言葉かもしれません。私も実務で取り扱ったことは、ほぼないです。
外資系航空会社のリストラ策の一環で行われた変更解約告知がスカンジナビア航空事件判決(東京地決平7・4・13労判675号13頁)という裁判例で登場した概念です。
日本ヒルトン事件判決(東京高判平14・11・26労判843号20頁)等いくつかの裁判例で検討されている概念です。
変更解約告知は、解雇の一種ではありますが、一般的な労働契約解消を目的とするのではなく、労働条件を変更することの手段としてなされるものと定義されます(菅野778頁参照)。
「使用者側から労働条件変更の申込をしつつ、同時に、それが受け入れられない場合に、同時に、労働契約を解約する」という方法を活用する方法です。
【変更解約告知の例~スカンジナビア航空事件東京地決平7・4・13労判675号13頁を参考に】
Y社が、ドライバーに職種限定がされている従業員Xに対し、令和6年6月1日付で事務職員への配置転換を命じると共に新しい給与を提示し、それと同時に、これが受け入れられない場合には令和6年7月1日付で解雇する旨の解雇予告通知を行った。
一見単なる解雇のようにも思えますが、変更解約告知の真の目的は解雇そのものではありません。
そんなことから、通常の解雇権濫用法理よりもやや緩和された判断枠組みが採用されることとなります。
変更解約告知も(中略)解雇権濫用法理の規制に服する。ただし、それは労働条件変更の手段として行われているという特殊性を持つ。そこで、解雇権濫用法理の適用においては、変更解約告知の特殊性を十分に考慮に入れて判断枠組みを作るべきであろう。
引用:菅野和夫「労働法」第13版 781頁
(中略)
解約変更告知は、労働条件変更のための解雇であることから、(a)労働条件の変更の必要性・相当性と、(b)これを解雇という手段によって行うことの相当性の双方を要件とすべきである。
(中略)
また、集団的な人員整理のなかで労働条件を全体的に変更する手段として行われた場合か、契約によって特定されている職種や勤務地の変更という個別的労働条件を変更する手段として行われた場合かなど、労働条件変更の内容と状況によっても異なってくる。
脚注において、「後者(執筆者注:職種や勤務地限定の場面)の場合には、スカンジナビア航空事件と同様と判断枠組みを用いるべし」との指摘もあります。
今後、職種や勤務地限定の変更の場面において、今後変更解約告知の活用の場面が増えるのかもしれず、この点の分析はもっと必要になりそうです(と勝手に思っています)。