相談内容
私は、新卒採用の担当している人事部の者です。
採用した大学4年生で、来年の春から内定が決まっていたAさんについてですが、採用内定後に色々調べていたところSNSで不謹慎な発信を複数していたことが発覚しました。
そのため、弊社は社内で検討し、採用内定を取り消すことに決定し、その旨Aさんに通知しました。
そうしたところ、Aさんからメールが届きました。
「第1希望でしたので、他からもらっていた内定も全て辞退して、御社に入ることに決めていたのです。しかし、突然御社から、内定の取り消しの通知が届きました。
他の内定も断ってきたのに、この時期の内定の取り消しはあんまりだと思います。私は会社に対して、この内定の取り消しを問題にして、請求しようと思っています。」
採用内定の取り消しなので自由にできるのだと思っていましたが、弊社は訴えられてしまうのでしょうか?
回答
採用内定によって労働契約は成立しています。
内定の取り消しに正当な理由がなければ、違法な内定の取り消しとなりますので、会社に対して労働者としての地位を確認して、就労させるように請求される可能性があります。
また、場合によっては、内定の取り消しの違法を理由に慰謝料等を請求される可能性があります。
採用内定の取り消しをする際にも、解雇に準じた慎重な検討が必要ですし、当該内定者の方と真摯に向き合って協議をすることが重要です。
解説
1 採用内定によって労働契約は成立している
少し前になりますが、日本テレビのアナウンサーの内定取り消し事件で、採用内定取消問題は話題になりました。
学生の方にとっては、採用内定は社会への第一歩です。
これを会社が一方的に取り消すことで、人生設計が大きく狂ってしまうことも少なくないと思います。
企業への採用が決まったものの、正式に入社するまでの関係、これが採用内定というものです。
企業では、正式入社日(4月1日)の前年10月1日に内定通知が行われることが多いですね。
内定した学生さんは、正式入社日までの間、「会社に働いていないけど、かといって無関係でもない」そんな半端な状態に置かれています。
この採用内定は、法律的には「始期付解約権留保付労働契約」と言われます(最高裁昭和54年7月20日判決・大日本印刷事件、最高裁昭和55年5月30日判決・電電公社近畿電通局事件)。
難しい言葉ですが、まず重要なことは、採用内定も「労働契約」ということです。
つまり、通常の労働者と同じように、会社との間で労働契約を結んでいることになるのです。内定者も労働者ということです。
もっとも、「始期付」(始まる時期が決まっている)ということですから、実際の労働のスタートが正式入社日以降とされているだけなのです。
2 採用内定の取り消しは自由にはできない
⑴ 内定の取り消しは解雇と同じ
このように、採用の内定取り消しは、既に成立している労働契約を会社が一方的に解約することを意味します。これは解雇に他ならないのです。
そのため、採用内定取り消しは、解雇権濫用法理の規制(労働基準法)の類推適用によって厳しく判断されます。
そう簡単にはできないのです。
⑵ 採用内定中特有の内定取り消し理由もありえる
ただし、先ほど説明したとおり、採用内定の労働契約は、「解約権留保付」とされています。
つまり、採用内定の際には、通常、採用内定通知書や誓約書に、内定の「取消事由」が記載されています。これを参考にして、留保解約権の内容が決められます。
もっとも、何を書いても取り消し事由になるというわけではありません。
「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」であり、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」(最高裁昭和54年7月20日判決・大日本印刷事件、最高裁昭和55年5月30日判決・電電公社近畿電通局事件)とされるのです。
⑶ 内定取り消しの具体的検討
- 内定時に既に判明していた事情
これは内定取り消しの理由とはなりません。面接時の印象がグルーミー(暗い)ことを理由として内定を取り消した事件で、内定取り消しが違法と判断されています。 - 予定通り学校を卒業できなかったこと、健康状態の著しい悪化
比較的内定通知や誓約書に記載されることが多い内定取り消し事由です。 - 提出書類に虚偽記載があった場合
これも記載されることが多い事由です。虚偽の程度にもよりますが、入社後の経歴詐称事案よりも採用内定中の方が内定の取り消し事由になりやすいと言われます。 - 内定者に具体的な非違行為(問題行為)があった場合
職業上の適格性や会社の信用にかかわる行為がされた場合は内定の取り消し事由になります。 - 経営状態の悪化や定員超過
内定者に原因があるわけではないので、内定の取り消しの有効性は厳しく判断されることが多いです。
3 採用内定までのプロセスを法律的に分析する
改めて、採用内定に至るまでのプロセスを分析するとどうなるかをまとめておきます。
- 企業の求人・募集
これは、労働契約の申し込みの誘因と見ることができます。簡単に言うと、「労働契約を結びませんか?」という、会社からのお誘いということです。 - エントリーシート(受験申込書や必要書類)提出
これは、労働契約締結の申し込みです。思いを込めて会社にエントリーシートを提出する行為は、会社からのお誘いに応じて、申し込みを行うことです。
ただ、この段階では労働契約は成立していません。 - 採用試験・面接
会社の側で、②の労働契約締結の申し込みに承諾するべきかどうかを選別していることになります。 - 採用内々定
採用内定の前に事実上内定を約束されることがありますが、これは確定的なものとは言えません。せいぜい将来労働契約を締結することを予約する、という程度の意味しかないと言われています。 - 採用内定
ここで、正式に②の労働契約締結の申し込みに対しての会社の承諾がなされることになり、労働契約が締結されます。 - 正式入社
実際に労働が開始されることになります。
4 内定取消を検討する場合は弁護士に相談を!
⑴ 地位確認の請求・損害賠償請求を受けるリスクがある
企業が内定の取り消しをした場合は、不当解雇のケースと同様に、採用内定者から会社に対して、地位確認を求め、正式入社の実現をもとめられることがあります。
また、違法な内定の取り消しに対して損害賠償を請求をされることもあります。
こうした事案でも、労働社側に弁護士が介入し、労働審判を提起する事案も相当増えています。
⑵ 弁護士相談の勧め
ただ、もちろん内定の取り消しには特有の取消事由がありますし、入社後にミスマッチが発覚するよりはこの時点での契約解消をする方が、双方の今後にとってメリットがあるとも言えます。
会社も解雇などと比べて違法意識が弱いことから、安易に採用内定取り消しをしてしまうケースが多々ありますので、危険です。そうした場合は交渉自体が難航することも多いです。
しっかりと内定の取り消しが有効であると争っていくためには、採用内定の取り消しも慎重に行う必要があります。労働案件の経験のある弁護士への相談は不可欠かと思います。
戸田労務経営では採用内定についての労務応援コンサルティングも実施し、労務のスタートから企業をサポートを実施しています。
採用内定の場面は非常に重要です。弁護士にご相談していただくことをお勧めします。