退職勧奨の手順と準備~労使ミスマッチの円満解消のために

1 労使ミスマッチを円満に解消する方法は

今日、雇用のミスマッチ(労使ミスマッチ)に悩む企業は決して少なくありません。
期待した能力がなかった… 思った以上に常識外れだった…などなどです。

ただ、こうしたミスマッチを生んだ原因は企業側にあることも少なくなく、企業側はミスマッチの解消に務めるべく、教育・指導・改善の努力をすることは大前提です。

しかし、それでも埋まらない大きなミスマッチもあり、いわゆる問題社員等の大きな悩みになることも少なからずあります。

労使ミスマッチは、従業員の士気の低下を招きますし、対応を誤れば法的リスクにも直結します。
だからといって、「解雇してミスマッチを解消だ!」というわけにはいきません。解雇というのは、企業にとっては、本当に最後の手段――だからこそ、まず当人の納得を前提とする「退職勧奨」によって、円満な別れを目指すべきなのです。

本稿では、その基本と進め方、注意点を実務目線で解説します。

2 退職勧奨は原則として自由

ここで、よく企業の方から「退職勧奨というのは違法なのでは?」というご質問を受けます。最近、従業員に退職を促そうとすると「それは退職勧奨だ!違法だ!労基署に申告する!」等と指摘されることが多いようなのです。

しかし、これは誤解です。

退職勧奨とは、使用者が労働者に対し、自発的に退職するように促す行為のことです。あくまで「退職をしませんか」という促しにすぎませんので、退職を決めるのは労働者なのです。
合意による円満退職を目指すものですので、退職勧奨をするかしないか、どのように行うかは基本的に使用者の自由です。

これは、労働基準法と労働契約法で何重にも規制を受けている解雇とは全く違います。  解雇は、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)により、労働者が強く保護されており、解雇の十分な理由とそれを裏付ける証拠がなければ解雇は無効と判断されてしまうのです。

日本では解雇が有効とされるためのハードルはとても高いです。解雇をしても無効となってしまっては、当該問題社員を引き続き雇用しなければ鳴らない上に、多額の金銭を支払うというリスクを負います。

したがって、解雇よりもまずは、合意による退職を目指すことが重要なのです。

3 まずは企業が教育・改善させる努力~ミスマッチを相互理解

では、どのように退職勧奨を進めていけばよいのか。その点について解説していきます。

前提として、労使ミスマッチというのは、対象となる従業員ごとに問題点や事情が異なり、ケースバイケースです。
イメージを掴むための1つの参考として、退職勧奨の最も典型的なものである「能力不足」の問題社員(私は「期待外れ問題」と呼んでいます。)に対するアプローチを念頭に、基本的な流れを解説します。

まず企業側でやることもやらずにいきなり退職勧奨をしたとしても労働者は納得しませんよね。前段階として、問題社員に自己の問題点を認識・改善させる努力をしないといけません。

いわば会社側の「期待」をはっきりと明示して、そのギャップを認識させることが肝要です。人事評価制度等での評価がその役割を果たすこともありますが、まずはこうしたギャップについてしっかりと落とし込んでいるというのが前提です。
会社がしっかり向き合った結果論として、はじめて退職勧奨を受け入れる下地ができるのです。それが不十分なままに安易に「解消」に走ってもうまくはいきません。

なお、会社によっては人事評価制度等も十分に存在せず、個別の指導評価が残っていないことがあります。こうした場合に少しギアを入れて指導改善プログラムとして、個別の業務日報を使ってのフィードバックサイクルをすることが改善の効果を発揮することもあります。

【業務日報による指導改善プロセス】

  • 指導担当者を決め、都度注意・指導する(威圧的・侮辱的な言動は避ける)
  • 毎日業務日報を提出させ、端的な指導コメントを付す
  • 指導記録表を作成・蓄積する
  • 2週に一回程度の面談を実施する
  • 改善が見られない場合は別途指導書を作成して交付する

結果的に改善がされないケースでは、退職勧奨に進むしかないのですが、指導記録がプロセスとしてしっかり残っていくので仮に訴訟になった場合にも大きな意味があります。

4 退職勧奨の進め方・手順

さて、そのような前段階を経ても改善がないということで、いよいよ退職勧奨です。 手順は次のとおりです。

①退職勧奨の方針を社内で共有する。

会社の幹部や当該問題社員の直属の上司の意見を聞き、退職勧奨という方針を共有することが重要です。これにより、社内の理解を深め、さらに退職勧奨が会社の総意であることを社員にも示せます。

②退職勧奨の理由を整理したメモを作成・用意する。

勧奨の場で必要事項を確実に伝えられるよう、事前メモを準備するとよいです。会社幹部や直属の上司にヒアリングを行い、内容をメモに反映することが望ましいです。

③予算を確保しておく。

退職にあたり必要となる金額の見込みを立て、支出枠をあらかじめ確保します。

なお、額は悩ましいところですが、給与何ヶ月分かを考えるのがよいでしょう。 再就職に要する平均期間である3か月程度を上限に反応を見つつ、1~3ヶ月分提案することが多い印象ですが、事案次第ではもっと上乗せをする必要があるケースもあります。 再就職までの猶予という意味でも従業員に金額を説明できることは重要です。

④想定問答を用意する。

勧奨の場で、想定される質問や反論への回答を準備するとスムーズに退職勧奨の理由や現状などを伝えられるようになります。

⑤退職勧奨は個室で、少人数で行う。

静かで落ち着いて話せる個室を用い、威圧感を与えないよう、会社側の人数が多くなりすぎないよう配慮する必要があります(1対1または2対1が一定の目安になります)。

⑥退職勧奨の意味を伝え、退職を決めてほしい旨を伝えること。

これまでの改善要請と雇用継続のための取組を伝えたうえで、それでも改善が見られなかったため退職をお願いしたい、という流れで説明するとスムーズです。 そのうえで反論や質問に対応しつつ、退職勧奨の回答期限を示して退職検討を促します。当該社員から条件の提示があれば協議していくと良いです。

⑦退職届の提出を受けるか、退職合意書を取り交わす

退職につき、その場の口頭合意だけでは、のちに退職合意の有無が争われた際に自主退職・退職合意の事実が認められないリスクが残ります。そのため退職届といった書面を残すことは非常に意義のあるものとなります。 金銭の支払いを提示する場合等、取り決めが必要な場合には退職合意書を取り交わしたいです。この場合、第三者への口外禁止条項や誹謗中傷禁止条項を設けるのが望ましいです。

以上の流れを、是非退職勧奨の参考にしていただけたらと思います。

5 退職勧奨を行う際に注意すべきポイント(言ってはいけないこと)

最後に、退職勧奨に際して注意すべき点をご紹介します。以下のようなことをしてしまうと、違法な退職勧奨と判断されて、退職合意が無効になったり、慰謝料を支払うこととなるリスクがあります。

①退職させるための嫌がらせ目的で人事・業務措置をすること

退職を目的とした配置転換や業務剥奪をした上で退職勧奨をすると、一連の流れで違法な退職勧奨と評価される恐れがあります。実際、退職に応じない従業員に1人で軽作業のみ与えた事案で、違法行為として損害賠償が命じられた例があります。

②侮辱やパワーハラスメントと捉えかねられない言葉

退職勧奨中に従業員を侮辱するような発言がされた事案につき、違法と判断され賠償命令が出されたケースが存在します(日本IBM事件・東京高裁平成24年10月31日)。特に、「死んでしまえ」等の人格非難や、威圧的な発言はパワハラと判断される恐れがあり、その場合、行政指導や損害賠償を命じられるリスクも生じます。怒鳴る、机をたたく等の威圧行動も同様です(全日空事件・大阪地裁平成11年10月18日)。

③退職を強要するような発言

これも違法となる可能性があり、注意が必要となります。
上でも述べましたが、退職勧奨はあくまで従業員の意思による退職を促すものであり、退職を強制するような発言は退職勧奨が実質解雇であると評価され、違法と評価されてしまいます。その場合、まずいことが生じます。ですので、「もう辞めるしかない」「今この場で退職届を書け」等の発言は避けるべきでしょう。

特に、退職勧奨に応じなければ解雇されると誤解する言葉は厳禁です。(昭和電線電纜事件・横浜地裁平成16年5月28日、富士ゼロックス事件・東京地裁平成23年3月30日)。退職勧奨を拒否された際に何度も繰り返すことにも注意が必要です。

6 最後に

以上に留意して、適切な手順と姿勢で退職勧奨を進めてください。判断に迷う場合や事案の難易度が高い場合は、労務に強い弁護士への相談が有用です。まずは相談からでも、ご検討ください。

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