「固定残業(みなし残業)制度」をめぐるリスクと運用のための法的ポイントを弁護士が解説

企業が直面する労使トラブルの中でも、最も頻度が高いのが「未払賃金」に関する問題です。
とりわけ残業代をめぐる紛争は非常に多く、経営上のリスクとして常に意識しておくべきテーマといえます。

今回は、その中でも導入企業が増えてきている固定残業代制度(定額残業代制度)に焦点を当て、仕組みと注意点を解説します。

※なお、固定残業制度について「みなし残業」と呼ぶ方もいらっしゃいますが、法律的には「みなし」制度は、裁量労働制度や事業場外みなし労働制度等を含めた、少し多岐にわたる概念ですので、本稿では固定残業代制度という呼び方で統一します。

1 固定残業代制度を導入するメリット

固定残業代制度とは、月給で支払う賃金に、あらかじめ「○時間分の残業代」を組み込み、実際の残業時間にかかわらず一定額を支払う仕組みのことを言います。
まず、この制度を導入するメリットについて解説します。

企業側の導入メリット

企業側にとっては次のようなメリットがあります。

  • 毎月の残業代計算の手間を省けるため、給与計算や人件費管理の事務負担が大きく減る。
  • 残業代の支出が読めるようになり、人件費の予測がしやすく、経営計画や予算管理が立てやすくなる。
  • 賃金が際限なく増える仕組みではないため、だらだら残業を抑え、業務効率化や「定時で終わらせる」意識づけにつながりやすい。

これらにより、固定残業代制度は、労働時間の予測が難しい業種、たとえば外回りの多い営業職や運送会社のドライバー等で活用されることが多いです。
また、想定される労働時間が日常的に法定労働時間を超える職場で活用されることも多いです。たとえば、店舗勤務の従業員の方で、店舗営業時間が休憩を挟んでも8時間を超えてしまう、という場合に、超える部分を想定して固定残業代として払うという方法等です。システムエンジニア等、ある程度の裁量性のある業種でも活用される例は多いです。

従業員側のメリット

一方で、従業員側にもメリットはあります。

  • 月額に支給される固定の月給額が明確になる
  • 実際に残業が少なくても固定額が安定して支給される。
  • 残業代を含めての金額となるため、総支給額(額面)の金額が大きくなる。

こうした給与面でのメリットは、企業側としても、求人の際に額面を高額に表示できるので、求人採用の際に有利に働く面もあります。

ただ、もちろんこれは後に説明しますとおり、しっかり適正な固定残業代を設計して、しかも求人の際に「固定残業代を含んだ金額です」ということを説明していることが前提です。 総支給が多い!と思って入社したら、実は残業代コミコミだった…というのではブラック企業とのレッテルを貼られかねませんので、注意が必要です。。

残業代をカットする制度ではない

さらには、企業の側から見ると、従業員の実労働が想定よりも少なく、所定の残業時間を下回ったとしても、基本的に固定残業代を支払わないといけないとうことです。

逆に、払っている固定残業代が実際の残業時間に対する割増賃金を下回っている場合には、追加で差額分を払わないといけません。 結局、固定残業代は「残業代を抑制する・カットする」という制度ではないので、導入の際にはその点を頭に入れておく必要があります。

2 危険な固定残業代制度の例

さて、メリットもあるのですが、導入・制度設計には注意が必要です。

固定残業代制度は、単に「みなし残業〇時間分を支払う」と雇用契約書などに書いておけば足りるような、簡単な仕組みではありません。一定の厳格な要件を満たして、初めて残業代として有効と評価されます。
 これらの要件を満たしていない場合、非常に重大な結果を招く可能性があります。すなわち、会社がこれまで固定残業代として支払ってきた金額が残業代としては無効と判断され、過去にさかのぼって実際の残業時間に応じた残業代を改めて全額支払うよう命じられる、つまり「一度払ったはずの残業代を、もう一度払う」二重払いを迫られるリスクがあるのです。
 未払残業代請求の場面では、この制度の有効性が主要な争点となりやすく、制度設計や運用が甘い企業ほど高額請求に直面する可能性が高くなります。

特に次のような運用は要注意です。制度が無効と判断される危険が高く、格別の注意が必要です。

  • 固定残業代を払うことが書面になっていない
  • 固定残業代が基本給に含まれていて、内容が不明瞭
  • 固定残業代が別の手当(職務手当、役職手当等)として支給されているつもりだが、その点を明確にしていない
  • 固定残業代が何時間分に相当するかが明示されていない
  • 実残業が固定残業時間を超えた場合の追加支払いルールが不十分
  • 固定残業代の金額が高すぎて、計算すると過労死基準に近い

3 固定残業代制度の制度設計上のポイント

それでは、固定残業代制度を有効に運用するには、どのようなポイントを押さえておくべきでしょうか。
結論としては、裁判例が示す次の要件を満たすことが不可欠です(高知観光バス事件.最判平6・6・13、テックジャパン事件.最判平24・3・8、小里機材事件.最判昭63・7・14)。

①割増賃金に当たる部分について、時間数と金額を明確に示し、通常賃金と区分する

②固定残業代として支給される手当が、実際に残業の対価としての性質を有している

③実際の残業時間が固定残業時間を超えた場合には、その差額の割増賃金を追加で支払う

なお、③については「絶対的な要件」とまでは位置付けられていないとの解釈もありますが、実務上の紛争予防の観点からは、確実に対応できる体制を整えておくことが望まれます。
これらの要件を実際の制度に落とし込むためには、定額残業制の導入に関する周知文書、求人票、労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、給与明細、といった各種の書面に、①〜③の内容を明確に反映させることが重要です。

また、固定残業代制度は導入時の整備だけでは不十分で、運用しながら定期的に点検し、制度と実態がずれていないか確認することが欠かせません。 近年は働き方改革の影響もあり、労働時間管理への社会的な視線が一層厳しくなっています。固定残業代制度は、適切に設計・運用すれば企業にとって大きなメリットとなる反面、要件を欠いたり誤った運用を続けたりすると、一転して企業に多額の負担を強いる危険性のある制度であることを、あらためて意識しておく必要があります。

4 最後に

以上のとおり、固定残業代制度は、正しく設計し運用すれば企業にとって大きなメリットをもたらす一方、要件を欠いたり、実態と乖離した運用を続けたりすると、思わぬ負担や紛争につながりかねない制度です。
 自社の制度が法的に適切か、運用面に問題がないか、不安や疑問が生じた際には、早い段階で弁護士に相談されることをお勧めします。制度を適切に整えることが、将来のトラブル予防につながります。

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