代表の戸田です。
今回は内定取り消しにまつわる判例として、アクセンチュア事件(東京地裁R6・12・17=労働判例No1333・58)を紹介します。
大手コンサルティング会社で、中途採用者の内定取り消しが争われた事件です。
戸田労務経営の採用実務セミナーでも、採用選考時における履歴書や職務経歴書の重要さをお伝えしています。
履歴書と職務経歴書は、その人の歴史そのものなので、会社は採用選考の時にしっかりと読み込まないといけません。
一方で、履歴書や職務経歴書は盛られて記載されることが多い事実もあります。
当然、その記載は「真実」であることは暗黙の了解。嘘はいけません。
このアクセンチュア事件での内定者は、履歴書や職務経歴書に直近の職歴2社分(A社、B社)の記載がない…つまり、A社B社の在籍は履歴書や職務経歴書には書かず、別のC社にずっと在籍していたと記載をしていました。
そのことが、調査会社によるバックグラウンドチェック(採用候補者の身辺・経歴調査)によって判明しました。
会社は、この事実を重く見て内定取消しとしたのです。東京地裁は会社の内定取消しを有効と判断しました。
採用内定の時点では、法的には労働契約が成立するとされているため、内定取消は解雇と同じで簡単なことでは有効にはなりません。
ただ、もちろん内定取消しは通常の解雇とは違います。採用時には知ることのできなかった事情があった場合には、その点が内定取消しの理由になる可能性があるのです。
この判決では、内定取消の基準について、次のような判断基準を示しています。
バックグラウンドチェックを含む経歴調査により、単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは真実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は、企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義が認められる場合に限り、上記解約権の行使として有効なものと解すべきである
上記アクセンチュア事件・東京地判R6・7・18より引用
つまり、経歴調査をして、虚偽の事実が発覚したというだけでは内定取消しはできません。
ただ、次の2つのいずれかのような支障がある場合は内定取消し=解雇も有効という判断です。
①は、企業が求める資質や能力についての「誤認」というのがポイントです。企業が求める能力を見誤ったことで、重大な問題が生じる「おそれ」があるという場合です。内定取消しなので、実際に企業秩序維持の支障が生じたことまでは必要ありません。
②で言っているのは、こういう採用の場面での重大な「嘘」をつくことで、人間関係や信頼関係が保てないほどである、という点が重視されています。
東京高裁は、この点について、地裁判決に加えて以下の判断を付け加えています。
職歴の経歴詐称があった際、「多少空白期間があったり、職歴の齟齬があるぐらいいいじゃないか」と労働者側から主張されることもあったので、非常に参考になる判断です。
採用の有無を判断するにあたっては、控訴人(筆者注:内定者)の有する技術のみならず、過去の経歴、実績のほか、「物事を客観的に捉えて、論理的に考えをまとめ、相手に応じた最適なコミュニケーションで仕事をこなせること」をも重視していたことが認められ、その中には控訴人(筆者注:内定者)の過去の雇用・勤務形態、経歴の空白期間の有無及びその理由といった事情も重要な考慮要素になるものと認められる。
アクセンチュア事件東京高判より引用
経歴の空白期間があること、そして空白期間の理由(なんで職歴に穴が空いているのか)という点についても、今回の場合は採用の判断要素とされています。
実はこの事件の内定者は、前々職のA社では入社3ヶ月で雇止めをされ、前職のB社では試用期間3ヶ月で解雇されていました。
それぞれで弁護士を付けて労使紛争をしていたという事情があったのです。
この点について裁判所は、次のように指摘します。
上記を踏まえ、裁判所は
「原告は・・・相互信頼関係維持できる性格を欠く」
「企業内にとどめおくことができないほどの不正義」
などなど、バッサリと内定者の主張を切り捨てています。
確かに、2社連続で短期間での雇止め・解雇…実際、退職時にそれなりのトラブルを発生させているような状況ですと、なかなか会社としては採用には躊躇してしまいますね。。。
もちろん、注意すべきなのは、会社と労使紛争をした事実そのものが内定取消理由になった訳ではない、ということです。
問題は、採用段階という場面で、あえてそれを隠して「嘘」をついたこと、そしてそれによって会社が求めるコンサルタントに必要な資質が疑われたという点なのです。
企業との信頼関係構築が重要なコンサルティング会社で、そうしたトラブルを隠そうと「嘘」をつくことがアウトだという判断です。
この判決からわかることは、バックグラウンドチェックの効果です。
採用の場面は、問題のある従業員を回避できる重要な場面です。
ただ、履歴書等の書面ではもちろん、面接をしたとしても、見抜くことのできない背景事情というものがあります。
そこで、最近はバックグラウンドチェックが流行りです。外部企業に委託して、前職の企業や関係者に連絡を取ってもらうことを活用いただいているケースも増えてきました。
いわゆるその方に関する「本音」が垣間見えるので、かなり有効です。
そして、バックグラウンドチェックをする場合には、この判例の手法を見習うことも重要です。
このように
「嘘」はダメだ
ということを共通認識にしておくことがポイントですね。
最後に、この判決でも重視されていた点ですが、当該応募する職種・人材において必要とされている資質について、求人に明記することはとても重要です。
このケースでは、総合的なコンサルタントとして、「物事を客観的に捉えて、論理的に考えをまとめ、相手に応じた最適なコミュニケーションで仕事をこなせること」が能力として求められていることをしっかりと求人で明確にしていました。
だからこそ、能力や資質の判断のためには、過去の雇用・勤務形態だけでなく、経歴の空白期間も含めた、職務経歴とその人の誠実さ等の総合力が問われるという判断に至ったのです。
まさに企業が求める人材を示して、職歴をどのように重視しているのかのメッセージを出すことが重要だということですね。