相談内容
弊社では、金銭管理を徹底しております。たとえば、レジ打ちをミスして金額が合わないと、1回につき「罰金1000円」を給料から引いています。
また、このところは経営が厳しいため、少し給与の支払いが遅れることもあります。
社長から従業員に対して、「ちょっと今資金繰りが大変で、あと5万円は10日待って下さい」と説明をしているのですが、従業員から苦情が出ています。
「最近よく支払い日に給料全額が入っていないことがあります。私も生活があるので、支払が遅れるのは困ります。」との苦情です。
昨今の物価高もあって、弊社も資金繰りが大変なのです。こういった事情があれば、多少の遅れも仕方ないのではないでしょうか。
これは未払賃金になりますか。法律上問題あるのでしょうか。
回答
同意もなく罰金1000円を差し引くことは賃金全額払いの原則に違反し、未払賃金が発生します。
また、契約で決められた支払日に払われな点も未払賃金が発生することになりますので、労働基準法に違反する可能性があります。
解説
1 未払賃金は使用者の重大な義務違反
⑴ 賃金の支払を守ることは使用者の絶対的な大原則!
賃金は、労働者が「労働の対償」として得るもので(労働基準法11条)、正しく労働者の生活の糧となるものです。
そのため、賃金については、全額が確実に労働者の手に渡るように、労働基準法が様々な原則を定めています(労働基準法24条1項)。
未払賃金は許されないのです。
- 通貨払いの原則
賃金は「通貨」で払われる必要があります。
ですので、給料をお米で払うのは論外ですし、日本の会社で「ドル」で払ってもだめです。未払賃金が発生します。
ところで、今当たり前のように行われている銀行振込の支払は、本来は、この通貨払い原則に違反して、労働基準法に違反することになりそうです。銀行振込による支払は、労働者の同意を得て、労働者の指定する本人名義の口座に振り込まれる限りで有効である、と行政解釈されています(昭和50年2月25日基発112号)。 - 直接払いの原則
賃金は、直接労働者に払わなければなりません。代理で受け取りに来た親権者(法定代理人)等へ支払うことは禁止されていますので、こうした場合も未払賃金が発生します。
ただし、病気中に妻に取りに行かせる等、「使者」への支払は問題ありません。 - 全額払いの原則
賃金は、全額を労働者に支払う必要があります。
給与明細で「控除」される給与所得税の源泉徴収、社会保険料等は、法令で差し引くことが許されているものです。
⑵ 賃金の不払いは犯罪
賃金の不払いは労働基準法違反で、30万円以下の罰金が科せられる犯罪です(労働基準法120条1号)。
違反については、労働基準監督署が調査・勧告を行います。
2 未払賃金が発生する場合
それでは、どのような場合に未払賃金になるのでしょうか。
⑴ 賃金の支払い日に給料が払われない
賃金は定期の支払日に支払われなければなりません。
ご相談のとおり、遅れるだけでも労働者の生活が立ちゆかないことがあります。
いかなる理由があっても、賃金が全額払われていないのであれば、未払賃金が発生します。労働基準法違反です。
遅れが何度も続くようであれば、一度弁護士に相談することをお勧めします。
⑵ 勝手に罰金などが控除されている
先ほどお話ししたとおり、賃金の「全額払いの原則」がありますので、法律等で定められた場合以外の項目を、勝手に控除することは禁止されます。
「ミスした場合は罰金1000円」などと、勝手に罰金を控除すれば、その分を未払賃金として請求できます。
労働基準法24条1項に違反する可能性が高いです。
⑶ 最低賃金を下回る賃金
賃金がきちんと払われているとしても、その賃金額には最低基準があります。
それが最低賃金法という法律で決められています。
最低賃金は地域によって違いますが、たとえば時給に直すと少なすぎる場合は最低賃金法に違反している可能性があります。
最低賃金法よりも少ない賃金しか払われていないのであれば、会社に対して最低賃金を基準とした賃金を、未払賃金として請求することができます。
⑷ 会社の都合で会社が休みとなった
会社の責めに帰すべき事由によって、労働者が会社を休まざるを得なくなった場合は、休業手当として、賃金の60%を請求することができます(労働基準法26条)。
たとえば、会社内で機械の検査をするために工場を閉める場合、原料の不足、会社経営状況の悪化の場合等、休業手当が払われる場面は多いです。
これに対して、たとえば、東日本大震災、熊本地震等で工場が致命的な打撃を受けた場合等、災害による不可抗力な休業が理由の場合は、「会社の責めに帰すべき事由」とはいえないので、休業手当の請求は難しいでしょう。
3 未払賃金のトラブルを防ぐためには弁護士に相談
ここ最近、未払賃金請求は急増しています。
賃金制度を適切に作っておくことは企業としても重要な課題です。
労働案件の経験のある弁護士への相談は不可欠かと思います。
未払賃金の請求権の消滅時効は2年から3年に伸びています(2020年民法改正)。
これまで以上に過去に遡っての請求をされるリスクは増えています。
4 未払賃金請求のパターン
⑴ 交渉での請求
内容証明が送られて、未払賃金を請求されるというものです。
紛争が拡大しないためにも早期の対応を行うことが重要です。
未払賃金の額等に特に争いがないケースでは、会社としても早期に支払いを検討しないといけません。
⑵ 証拠の検討
雇用契約書(労働条件通知書)、給与明細、給与規定等が重要になります。
雇用条件については、場合によっては求人票が証拠になることもありますし、賃金の支払の有無については通帳を証拠で使われることもあります。
どういった証拠が重要かは、弁護士に相談していただくとよいと思います。
⑶ 労働基準監督署への申告
未払賃金については、不払いが労働基準法違反や最低賃金法違反に直結しますので、労働基準監督署が動きます。
労働基準監督署への申告をされて臨検の対応を迫られることもあります。
⑶ 労働審判・訴訟で請求される
突然労働審判か訴訟で請求されることもあります。
ただし、未払賃金請求の場合、金額が大きくないこともありますので、少額訴訟等の手続になることもあります。
いずれについても、紛争を拡大させないため、早期に相談させていただくことをお勧めします。