相談内容
私は、営業車で外回り中、運転ミスによって、歩行者を轢いてしまい、その方に重大な障害を与えてしまいました。
刑事裁判にも問われて、執行猶予の判決を受けました。
その結果、会社からは懲戒解雇とされ、さらに、20年も勤めてきた会社なのに、退職金も全く出ないことになってしまいました。
確かに、私は悪いことをしたと思ってます。
ですが、懲戒解雇のために無職になった上、退職金も全くもらえないというのでは、もう生活もできません。
会社の処分は仕方ないのでしょうか。
回答
懲戒処分は、法律上様々な有効要件をクリアする必要があります。
特に、懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分ですから、非常に厳しく有効性が判断されます。
相談者の方のように、過失で事故を起こしたようなケースは慎重な判断が必要です。
また、懲戒解雇だからと言って、退職金が払われないわけではありません。
長年の功労を抹消するほど重大な理由がなければ、退職金の請求はできます。
解説
1 懲戒処分とは何か(懲戒処分の種類)
懲戒処分は、従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰というべきものです。
いうなれば会社内部における刑罰にも等しい処分です。
一般的には、次のような処分が予定されている会社が多いです。
① 戒告・譴責(けん責)
どちらも労働者の将来を戒める処分といわれます。
懲戒処分の中では比較的軽い処分に分類されますが、一般的には昇給、人事考課において不利益に扱われることがあります。
戒告は、通常始末書の提出を求めませんが、譴責は「始末書を提出して将来を戒めること」と言われるとおり、始末書の提出を求められますので、若干処分としては厳しいです。
② 減給
減給は、労働者が働いて、本当は給料を全額もらえるはずのところ、制裁罰として、賃金を一定額差し引くことをいいます。
労働基準法は、この減給の限度額を定めています。
労働基準法91条 1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない |
③ 降格
懲戒事由を理由として役職・職位・職能資格などを引き下げる処分です。
あくまでも制裁罰ですから、会社の人事として行われる人事権に基づく降格とは区別されます。
④ 出勤停止
出勤停止とは、労働契約を継続しつつ、制裁罰として、一定期間労働者の就労を禁止することをいいます。
通常、1~2週間のことが多いですが、事案の重さによっては数ヶ月とされることもあります。
出勤停止期間は賃金が払われない上、勤続年数にもカウントされないことから、減給などよりも非常に重い処分です。
そのため、出勤停止という処分になった場合、「出勤停止処分を選んだことが不当だ!」、また「その出勤停止期間が長すぎる!」という形で処分の無効が争いになります。
⑤ 諭旨解雇(諭旨退職)
諭旨解雇(諭旨退職)は、この後お話する懲戒解雇を若干緩和した処分です。よくあるのは、会社側から、「本当は懲戒解雇なのだが、ここで退職願を出せば受理します。
出さないなら懲戒解雇とします」という形で迫られる方法です。
一見、退職届や退職願の提出の強制のようにも見えますが、本当に懲戒解雇事由があるのであれば、諭旨解雇(諭旨退職)という懲戒処分の一環になるものです。
逆に言えば、懲戒解雇事由の存在を前提とした立派な懲戒処分です。
結局、懲戒解雇と同じだけの理由がなければ、権利濫用として無効となります。
⑥ 懲戒解雇
制裁罰としての解雇です。
労働契約の不履行を理由として行われる普通解雇とは全く違います。
会社内の刑罰によって会社から追い出される、つまり、労働者にとっては「死刑」に等しい重大な処分です。
退職金の全部又は一部が払われない、と就業規則に定められていることも多く、労働者の不利益は甚大な処分です。
そうしたことから、懲戒解雇の有効性は、普通解雇に比べても、非常に厳しく判断させる傾向にあります。
特に、相談者の方のように、過失で事故を起こしたようなケースや、他にも、会社とは関係のないところで事件を起こしたようなケースは慎重に判断をする必要があります。
また、懲戒解雇だからと言って、退職金が払われないわけではありません。
長年の功労を抹消するほど重大な理由がなければ、退職金は払わなくてはならないのです。
2 懲戒処分の争い
懲戒処分は、「刑罰」に等しい処分であるがゆえに、その有効性は厳しく判断されます。
理由もなく懲戒処分をされた場合や、重すぎる懲戒処分がされた場合は、懲戒処分権の濫用として「無効」であると主張することができます(労働契約法15条)。
誤った懲戒処分が訴訟や労働審判等で労使紛争に発展することは多い場面です。
ここからは、懲戒処分の争いのポイントについてお話しします。
3 懲戒処分の争いのポイント
⑴ 懲戒処分の種類と事由が就業規則に書かれているか
懲戒処分を行うためには、就業規則に懲戒処分のメニューが載っていることが必要です。
これは、懲戒処分が、いわば会社の「刑罰」に等しいことから、従業員への明示が必要とされていると考えられているからです。
就業規則や雇用契約書のチェックが必要です。
たとえば、そここに、①戒告、②減給、⑥懲戒解雇の3類型しか規定がされていない場合に、出勤停止の懲戒処分をされた場合、懲戒処分の前提を欠く、ということで無効を主張できます。
⑵ 就業規則上の懲戒事由に該当する事実があるか
繰り返しお話ししているとおり、懲戒処分は、会社内の制裁罰です。
当たり前ですが、こじつけによって刑罰を課すことは禁止されます。
懲戒処分が有効であるためには、その処分に「客観的に合理的な理由」があることが必要です(労働契約法第15条)。
懲戒事由に該当するかどうかは、就業規則に書いてある事実が本当にあるかどうか、しっかりチェックすることが必要です。
⑶ 懲戒処分が重すぎないか
懲戒は、理由とされた「当該行為の性質・態様その他の事情に照らして社会通念上相当なものと認められない場合」は無効になります(労働契約法第15条)。
これを懲戒処分の相当性の原則と言って、その行為内容や勤務歴に照らして重すぎる処分を選択してしまうと無効となってしまいます。
さらに、他の従業員が同じような行為をした場合に、もっと軽い処分になっている過去の事例がある場合も、この相当性を欠く可能性があります。
⑷ 本人の言い分をしっかり聞いているかどうか(適正なプロセスの実践)
就業規則などで、懲戒処分の前に懲戒委員会を開くことが書かれていれば、懲戒委員会の開催が必要です。
仮にそうした規定がないとしても、本人の言い分をしっかり聞くプロセスは不可欠です。
何も言い分も聞かれないままに懲戒処分をされた場合、その点が会社側の問題点になるかもしれません。
4 懲戒処分を受けた場合のトラブルの内容とは
⑴ 懲戒解雇処分の無効の訴え(賃金請求)
このように、懲戒処分は簡単にはできません。処分の無効による争いに発展することは多いです。
特に、出勤停止・諭旨解雇(諭旨退職)・懲戒解雇の処分は、労働者の生活に非常に大きな不利益をもたらします。
処分の無効と共に、払われない賃金の請求が請求されることになります。
⑵ 懲戒処分は緊急事態
仮に懲戒処分に該当しそうな事実がある場合、本当に懲戒処分が有効かどうかの十分な検討が必要です。
出勤停止・諭旨解雇(諭旨退職)・懲戒解雇という重い処分はもちろん、それ以外の軽い処分の場合でもしっかりと対応をとる必要があります。
懲戒処分の有効性を含めて、弁護士に相談するのが一番です。