1 検討事項(ご相談内容)
当社は派遣業を営んでおります。
最近残業代トラブルが多いので、従業員を役員に就任させて、雇用保険の資格喪失手続を行おうと思っています。
これで残業代トラブルは回避できるのではないでしょうか。
ただ、この従業員には引き続き派遣労働者として派遣先で勤務してもらう予定です。
2 問題点の検討
⑴ 労働基準法(労働契約法)の「労働者」の概念
たとえば残業代請求事件は、労働時間規制や時間外割増賃金について規定する労働基準法の適用があるからこそ生じるものです。取締役などの役員は会社とは委任契約の関係であるため、このような労働基準法の種々の規制を受けませんので、労務紛争リスクは低いと言えます。
ただ、問題はこの「労働者」の概念です。役員にしたからと言っても、直ちに「労働者」性が否定されることにはなりません。「労働者」かどうかについては、形式だけではなく、実質的な検討が不可欠になります。
⑵ 役員についての「労働者」該当性の判断要素
役員、特に取締役の労働者性の判断については以下の要素が考慮されます(白石哲編「労働関係訴訟の実務[第2版]」10頁以下)。
以下の事情があれば、委任関係の役員の性質が強まるので、「労働者」性は否定されるベクトルになります。
① 取締役の就任経緯(労働者を退職したか)
就任時点で退職手続が取られ(退職届提出、雇用保険資格喪失手続)、退職金が支給されている
② 取締役としての権限・業務執行を持っている(★重要)
☑ 取締役としての会社法上の業務執行権限や業務遂行権限を持っている
(取締役会に出席、役付取締役としての業務執行、会社経営への直接関与、代表取締役と共に又はこれを補佐しての業務執行を行っている)
☑ 代表取締役からの指揮監督を受けていない
☑ 勤務時間、場所の管理や拘束を受けていないこと(勤務時間が定められていない、タイムカード等の出退勤管理を受けていない)
☑ 他の従業員と違う異なる業務を行っていること(逆に言えば、他の従業員と同様の仕事を行っている場合は労働者性が肯定されやすい)
③ 報酬の性質及び額(労働者の賃金と違う)
☑ 会計上役員報酬として処理されている
☑ 一般従業員と比較して高額、規則所定の手当は支給されていない、勤務時間や欠勤等に関係なく支給されている
☑ (途中で役員に就任した場合)就任時に支給額が大きく増額されている
④ 労働保険・社会保険に加入していないこと(※①~③に比べると補助的要素)
ただし、労働保険・社会保険の加入等は会社が任意に操作しやすいので、①~③の要素を中心に検討すべき。
3 具体的検討と結論
上記④のとおり、仮に労働保険資格を喪失したとしても、直ちに労働者性が失われるわけではありません。
結局は①~③の要素、特に②の事情が重要です。
たとえば、当該従業員(役員兼任者)が、役員としての業務執行や経営関与の程度が弱く、他の従業員と同様の勤務をしている場合は労働者性が強まります。
特に派遣労働者として派遣先で業務に従事しているとすれば、時間や場所の拘束も強くなり、これは取締役等では考え難いことです。
仮に労働保険の資格喪失をしたとしても「労働者」性があると考えなければなりません。
4 残る法的リスク
⑴ 雇用保険法違反として罰則・賠償責任のリスク
労働者と扱われる可能性のある従業員(役員)について雇用保険を外すのは危険です。雇用保険法に違反し、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金になる可能性があります(雇用保険法83条)
また、雇用保険は最大2年前まで遡って加入できますが、ケースによっては失業保険の受給ができなくなることもありますので、失業保険相当額の賠償請求を受けることがあり、また、慰謝料請求を受けることもあります。
⑵ 未払残業代請求を受けるリスク
労働者と扱わずに労働時間管理を行った結果、時間外労働や休日労働が生じてしまうと、多額の未払残業代請求を受けるリスクが高くなります。
⑶ 退職トラブルになるリスク
会社法上、取締役の解任は比較的緩やかに認められますが、労働者はそうはいきません。
解雇権濫用法理という厳しい規制がありますので、慎重に対応しなければ退職トラブルに発展します。
⑷ その他の労働基準法違反のリスク
年次有給休暇付与の義務違反による罰則のリスクもあります。
5 対応方法の検討
⑴ 対応の改善
未払残業代請求等のリスクを下げるためだけを目的に役員就任とさせるのは、無理が出ることが多いので注意が必要です。
役員として本当に労働者性を失わせるには、2⑵の①~④の要素をできる限りクリアしていかないといけません。
労働時間・休日も自由、経営や業務執行に関わる仕事に特化させることを前提としなければいけません。派遣労働への従事をさせたままにするのは危険です。
⑵ 残業代トラブルを回避するためには
残業代トラブルの回避のためには、適正な労働時間管理を前提に、場合によっては定額残業代制度の適正な運用を図っていくことになろうかと思います。
⑶ 管理監督者として扱うか
なお、役員同格の立場に据えるならば、労働時間・休日についても裁量のある立場にする方が本来はイメージに合います。
つまり、単なる一般労働者ではなく、「管理監督者」として、相応の権限が付与されている形です。
こうする場合は雇用契約書の内容も変更しなければなりません。