【判例解説】社会福祉法人A事件高裁判決の意義(東京高裁令和6年7月4日)~不活動時間管理の実務に活きる賃金設定の基準とは | 弁護士による企業のための労務問題相談

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【判例解説】社会福祉法人A事件高裁判決の意義(東京高裁令和6年7月4日)~不活動時間管理の実務に活きる賃金設定の基準とは

判決の内容~法人側の逆転敗訴

私が代理人を務める社会福祉法人A事件(千葉地裁令和5年6月9日判決)について、控訴審判決が出されました(東京高裁令和6年7月4日判決)。

この事件は、夜勤時間帯の不活動時間(いわゆる待機時間)について未払残業代が請求された事件です。
事案内容・地裁判決の詳細はこちら

地裁判決では、夜勤時間帯の未払賃金の計算は、6000円の夜勤手当を基礎として、1時間の賃金単価は750円となるとした上、この賃金単価が最低賃金を下回るが、これは最低賃金法や労基法に反しないと判断され、原告の請求の約2割程度の認容額のみが認められたものです。

原告が控訴し、今回の高裁判決が出されました。結果として、控訴人(原告側)の請求が全面的に認められ、法人側敗訴の結論となりました。

【高裁判決より】

被控訴人は、これまで、グループホームの夜勤時間帯に被控訴人の指揮命令下で生活支援員が行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、
就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し、
本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたものであって、

控訴人と被控訴人との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊まり勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない。


このように、夜勤時間は夜勤手当6,000円だけを払う合意があったという地裁判決の認定はひっくり返されてしまいました。

法人の代理人の立場からすると結論的には残念ではありますが、それ以上に、高裁判決の示した賃金合意に関する基準、そしてこの事件を通じての意義がとても大きいと思っています。

そこで、もう少し踏み込んだ詳細な解説をしたいと思います。

判断理由の注目点~それでも法人側にとっても意義深い判決

【高裁判決より】

労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、 一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、 そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

※下線部は筆者


高裁判決は、このようにして夜勤手当から基礎単価として割り出す計算を否定し、日中勤務の時間帯から基礎賃金を割り出すべきと判断しました。

注目すべきは上記の判示の下線部分です。
私は、法人側代理人として、高裁裁判官に対して、本件のような賃金設定が許されるかどうか、許されるとしてその「基準」を明確にしてほしいと訴えかけてきました。正にその基準が示され、今後の不活動時間の労務管理の指針が示されたものであると考えます。

高裁判決のポイント~夜勤時間帯に異なる時給設定の基準が定立された

高裁判決のポイントは二つです。

① 夜勤時間帯に日中時間帯勤務と異なる時給設定をすることが一般的に可能であることが確認された

古い通達ですが、「所定労働時間中に甲作業に従事し、時間外に乙作業に従事したような場合には、その時間外労働についての『通常の労働時間又は労働日の賃金』とは、乙作業について定められている賃金である(昭23・11・22 基発第1681号)。」というものがあります。

こ通達の趣旨からすれば当然ですし、そもそも賃金の合意については労働契約法の基本ルールである合意原則が妥当します(労契法3条)。

それでも高裁判決があえてここを明確にしたこと自体に大きな意味があると考えます。事例判断なら指摘しなくてもよい部分です。

不活動時間の労働密度が日中業務と比較して低いような実態の場合に、全く同じ賃金設定が妥当でないことはあり得ます。

そうした場合に日中業務よりも低い賃金設定をしたり、その対価となる手当を設けたりすることは許容されるということです。

② ①のような賃金設定をするためには、「趣旨及び内容」が「明確」になる形での合意が必要であり、かつそれで足りるとされた。

次に重要なポイントはこの賃金設定のための基準が示されたことです。この部分は先例性を有すると考えます。

そして、判例のいう「趣旨」の明確化というのは、当該賃金の発生根拠、賃金決定要素をはっきりと記載することです。
賃金おそらくはなぜ日中時間帯勤務等とは異なる時給なのかの理由を明確するのが望ましいと思われます。
たとえば、「基本は食事・仮眠する等自由に過ごしてよいものの、呼出し等の緊急対応のみについて対応するための賃金であること」等と明記することが肝要でしょう。

また、判例のいう「内容」の明確化というのは、どの時間に対して、どのような賃金の対価を設定するかを明確にするべきということかと思います。
たとえば、ある夜勤の時間帯に対する対価として●円を支給していること等が明確になっていれば、この内容がはっきりすると思います。

このあたりは、私が高裁裁判官と直接話した内容です。裁判官からも、上記のような規定があれば、今回の判決も違う結論になったであろうという見解も示されておりました(個別協議ですので、判決文に出ているものではありません)。

残された課題~不活動時間として設定された賃金額が最低賃金を下回っても良いのかどうか

ただ、結局高裁判決は、合意の有無の点だけで結論を出してしまったので、地裁判決で話題になった最低賃金を下回ってもよいかの論点については、何も触れていません。この点は残された議論となります。

私見ですが、月給制の労働者について、最低賃金を下回る合意をしても、直ちに最低賃金法違反にならないことは、後記のコンメンタール・荒木教授の論考からして明らかだと考えます。

最終的には、労働密度の低い時間帯の対価合意が、たとえば労基法37条に違反するかどうかという議論になっていくかもしれませんが、その場合にも線引きは難しいでしょう。

私見ですが、宿日直許可基準程度の手当を払っていれば、それが一つの基準になるという考え方も成り立つかなとも考えられます(宿日直許可の潜脱にはならないはずです。)。

労働契約において、時間ごとに異なる賃金を定めた場合、特定の時間について最低賃金を下回っているとしても、賃金支払日に支払われた賃金の総額が最低賃金額を上回っている場合には、4条1項違反の問題は生じない。 最低賃金額の表示期間単位が時間に一本化されているのはあくまで表示上のものであり、賃金をどのように決定するかは契約自由の範疇である。そのため、労基法上の労働時間の一部について最低賃金を下回る合意がなされたとしても、直ちに最低賃金法4条1項違反の問題は生じない。

引用元:有斐閣コンメンタール「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」365頁以下

最低賃金法の規制も、すべての労働時間に時間当たりの最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務付けるものではない。

引用元:荒木尚志「労働法(第5版)」209頁

社会福祉法人A事件を通じて労務管理実務に与える影響と意義

最後に、私が本訴訟を通じて感じた雑感です。

不活動時間の労働時間、という観点での訴訟は数あれど、夜勤時間帯の賃金合意が中心的に争われた事件は記憶にありません。社会福祉法人A事件の地裁判決は、不活動時間の労働時間該当性が争点となる事案では、労働時間該当性が肯定されるかどうかで全て0か100かという結論になっていたところに一石を投じる判決でした。

そうしたことから、この判決は主要判例雑誌等、数々の雑誌で取り上げられ、多くの論評がされました。批判する論調のものもあれば、「至極当然の結論」「注目の判決」等とも評されました。
いずれにしても、医療・介護福祉・警備業界等の労務を扱う弁護士・社労士等の実務家の間でも、不活動時間の賃金設定という課題があることに意識を向けるきっかけになったことは間違いありません。

高裁判決は結論としては法人側の全面敗訴でした。
しかし、法人側としては、社会に向けてこうした意識付けができたこと、さらには高裁判決がはっきりと「夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、 一般的に許されないものではない」と判示し、「趣旨及び内容が明確となる形」であれば、かかる夜勤に関する別賃金設定が可能であるとの一定の基準が定立されました。この点だけでも大きな意味があると考え、高裁判決を受け入れることとしました。

労基法41条3号の監視断続的勤務の許可や宿日直許可を取る等の勤務体制に合わせていくことはもちろん重要です。
ですが、人員不足から、たとえば宿直は週1回以内とされる等許可基準を満たさず、当該許可が得られない事業所も少なくありません。病院や介護施設等において、夜勤対応をしなければ事業が成り立たず、多くの患者・利用者に対するケアができなくなる事態も考えられます

そこに、夜勤時間に関して日中勤務と異なる「趣旨と内容」が明確に合意された場合、その合意は有効となり、地裁判決と同様に、低く設定された夜勤時間帯を基準に基礎賃金を計算するということが可能になります。

現行の夜勤手当の設定を見直していく上での労務管理をする道が開けてきたということで、実務的にも非常に意義のある判決だと考えます。

 

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