最高裁令和5年3月10日判決の雑感
先日2023年3月10日に、運送業界において注目の最高裁判決が出された。
※詳細な解説は後載します。
問題となったのは、残業代の支払い方だ。運送会社では比較的よく見られるような考え方と手法によった賃金制度とも言えるが、最高裁はその支払い方を違法として、会社敗訴の判断を出した。そのため、この判決の影響はそれなりに大きくなることが予想される。
最初にこの事件での会社の賃金の体系を説明する。非常に複雑なので、図を参照してもらいたい。
(1)業務内容に応じて月ごとの賃金総額が決定
(2)旧賃金体系では(1)の賃金総額をこのように割り振った。
(3)新賃金体系は、上記の時間外手当(黄色部分)を時間外手当+調整手当に割り振った。
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旧給与体系の問題~総賃金を引き算方式で振り分ける
まず、今回の事件になる前に会社が作っていた旧給与体系である。
旧給与体系では、基本給・基本歩合給・時間外手当の3つの賃金が支給されていた。ただ、その各賃金の支給にやや問題があり、労働基準監督署からの指摘を受けていた。
というのも、この3つの賃金は、実はあまり内訳の意味を持っていなかったからだ。
この会社では、この賃金内訳とは無関係に、日々の業務内容等に応じて月ごとに賃金総額が決まっているのである(図(1):詳細な決め方は判決文から不明だが、おそらく実働に応じた賃金の支払ではないかと推察する。)。
この賃金総額から、基本給(①)と基本歩合給(②)を差し引き、残った部分は「時間外手当」とするという賃金体系を取っていた(図(2))。
(1)業務内容に応じて月ごとの賃金総額が決定
(2)旧賃金体系では(1)の賃金総額をこのように割り振った。
※賃金総額が少なくなれば時間外手当が少なくなるだけということ。 |
結局、「時間外手当」とは言いつつも、最初に決まった総額から①と②を引き算しただけなのだ。
これでは、時間外手当の支払の体を成していない。労働基準監督署から指摘を受けるのは当然だろう。
新賃金体系の導入~時間外手当は労基法に従った計算だが・・・
そこで、会社はこの賃金体系を変更した。①基本給、②基本歩合給、③勤続手当をベースとして、さらに④時間外手当、⑤調整手当を支給することとしたのである(図(3))。
改正点は、④の時間外手当は、①②③の基本の賃金を基礎として、時間外労働の時間を計上して計算して支払い、労働基準法に沿った計算にしたのだ。
一見すると、これで問題のない賃金体系のように見えるのだが、カラクリがあった。
実は、結局は賃金のトータルの金額は、旧賃金体系の図(1)で払うこととした賃金総額の枠は変わらないのだ。
そして、一見適切な計算をしているように見える④の時間外手当も、調整給との関係がポイントとなる。
⑤の調整給というのは、④の時間外手当の「余り」とされていた。
詰まるところ、ある月の時間外労働が100時間と多くなった場合には、④の時間外手当が増えて⑤の調整給が少なくなる。
逆に時間外労働が少なくなれば、④の時間外手当が縮み、⑤の調整給が増えるだけだ。④と⑤の合計額は変わらない(図(3))。
新賃金体系では、このような固定的な④と⑤を「割増賃金」として、時間外労働分の支払にしたわけである。
(3)新賃金体系は、上記(2)の時間外手当を時間外手当+調整手当に割り振った。
※業務内容に応じて月ごとの賃金総額が決定されるということは今までと同じ ※そして、調整手当は黄色部分から時間外手当を引いた金額とされているので、独自に計算するものではなくて、今度は時間外労働をやればやるほど調整手当が少なくなる。 ※(1)で総額が決まっているので、結局払う額は同じ! |
最高裁はこの新賃金体系について、対価性がなく、明確区分性要件を否定
問題は、この支払が時間外労働の支払いとして有効なのかどうかである。
一見すると労働基準法に沿っているように見えるが、支払方法はそれなりにイレギュラーである。
定番の固定残業代ではないが、毎月の支払給与総額の一部に一定の残業代が含まれているということで、結局は固定残業代としての有効が問われたのだ。
これについて、最高裁はこの賃金体系を次のように断じた。
「新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。」 |
結局のところ、④の時間外手当についても、時間外労働の計算をしていると言ってもそれは名目だけ。
割増賃金全体を含めた賃金体系が、労基法の割増賃金を発生させない目的だったというのである。
この部分は、今回の割増賃金の支払が時間外労働の「対価」として支払っているものと評価できないという点を示す部分である。
そして、「本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない」として、固定残業代が有効とされるための明確区分性要件が否定されると判断された。
会社敗訴の結論である。
判決の影響と運送会社が取るべき対応
この会社の賃金制度はやや複雑だが、考え方は理解できる。
得られる運賃総額から利益割合を見越して人件費を決定しようとして、時間外手当という不確定な変動要素を排除しようとしたのだろう。
運送会社では、取引先からもらえる運賃額は決まっている。賃金総額を最初に決定しようとする試みというのは多くの会社が取っている思考だろう。
ただ、今回の最高裁は、特に目新しい判断をしたわけではない。
このような賃金総額を割り振る制度が一律に無効と判断されることにはならないのだ。
今回の最高裁判決が否定したのは、「いくら時間外労働をしてももらえる額が同じ」という、いわゆる引き算方式の制度設計について、従前の判断基準から判断をしたものである。
最高裁の固定残業代についての考え方は、国際自動車事件・日本ケミカル事件等を経て固まってきている。
労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、上記方法以外の方法により算定された手当を時間外労働等に対する対価として支払うことにより、同条の割増賃金を支払うことができる。 そして、使用者が労働者に対して同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。 |
この判決でも、上記の点を判断基準としており、これは完全に固まっている判断基準だ。
結局重要なのは、残業代の支払が判別可能なのかどうかという点だ。
対価性という議論は、本件のように残業代としての支払として機能しているかという事案で問題になる。トリッキーな賃金制度ではければそこまで問題にはならないので、もし固定残業代を使うのであれば、その制度の判別可能性があるかがポイントとなる。
もちろん、この会社がとったような「引き算方式」が通用しないことはある程度見えてきた。
2023年4月からは残業代の時効は全て3年でカウントされる上、60時間を超過する時間外労働の割増賃金は50%と割増率2倍になる。運送会社のリスクは高まるばかりだ。
残業代の支払い方が適切かどうかは、専門家の意見を踏まえて今一度点検してほしい。