相談内容
私は、上司の部長から、ミスをする度に「お前は馬鹿か」と言われています。
確かに私もミスをすることは多いのですが、ここまで繰り返し言われるのは会社いじめだと思っています。
私は、精神的に参ってしまって、うつ病になってしまいました。うつ病になったのは部長のパワーハラスメント(パワハラ)と会社の責任だと思います。
こうした部長の発言は侮辱で、パワーハラスメント(パワハラ)の類型に当てはまるのではないでしょうか。
この場合は、パワーハラスメント(パワハラ)や会社いじめを理由として損害賠償を請求できるのではないでしょうか。
回答
上司の部長の発言が、正当な職務行為を超えた違法なものであると判断されれば、パワーハラスメント(パワハラ)として損害賠償を請求できる可能性があります。
ただし、パワーハラスメント(パワハラ)が違法になるかどうかは、線引きが非常に難しいところです。やりとりや経緯を含めて色々な材料を集めなければ請求はできません。
解説
1 パワーハラスメント(パワハラ)への対応策
パワーハラスメント(パワハラ)とは、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる行為をいいます。
会社いじめ、職場いじめもパワーハラスメント(パワハラ)の一類型として捉えられることが多いです。
労働局が主催する労働総合相談でも、年々パワーハラスメント(パワハラ)・会社いじめの相談件数の割合が増えています。
パワーハラスメント(パワハラ)被害に遭った場合、被害者は何を言うことができるのでしょうか。そして、会社はどんな対応を取るべきなのでしょうか。
⑴ 会社に相談してパワーハラスメント(パワハラ)防止の措置をとってもらう
パワーハラスメント(パワハラ)については、法律上明確に規定がされているわけではありません。
ですが、労働契約法第5条が「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。
このことから、会社は、職場を良好に保つための職場環境配慮義務を負っています。パワーハラスメント(パワハラ)行為を放置することは許されません。
まずは会社の相談窓口(なければ相談しやすい上司)に相談をして適切な対応を求めることです。会社としては、この相談に対して誠実な対応を行うことが必要です。
⑵ 会社や加害者へ損害賠償請求をする
被害を受けた労働者が何か請求をしようとする場合、民法の不法行為等の規定(民法709条、715条、415条)等に従って、加害者本人と会社に対して損害賠償請求を行うことが考えられます。
2 どんな行為がパワーハラスメント(パワハラ)になるのか
典型的な職場のパワーハラスメント(パワハラ)の行為類型を列挙します。
- 身体的な攻撃
殴る蹴る等の暴行行為や傷害行為等です。こうした行為は業務遂行に関係するとしても、業務の適正な範囲に含まれるとはいえません。 - 精神的な攻撃
強迫・名誉毀損・侮辱等ですが、これも基本的には業務の適正な範囲とは言えず、パワーハラスメント(パワハラ)の一類型です。 - 人間関係からの切り離し
仲間外し、無視等です。これもパワーハラスメント(パワハラ)の一類型です。 - 過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強要をしたり、仕事を妨害したりすることです。この場合は、業務上の適正な指導との線引きが難しいことが多いため、パワーハラスメント(パワハラ)となるかどうかは個別の判断が必要です。 - 過小な要求
業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を与えること、仕事を与えないこと等です。これも⑷と同様にパワーハラスメント(パワハラ)となるかどうかは個別の判断が必要です。 - 個の侵害
プライベートなことに過度に立ち入ることです。これも⑷⑸と同様にパワーハラスメント(パワハラ)となるかどうかは個別の判断が必要です。
3 パワーハラスメント(パワハラ)行為に対して損害賠償請求が認められる場合
⑴ 正当な職務行為の範囲内を越えていることが必要(違法性の証明)
上記のパワーハラスメント(パワハラ)行為の類型に該当するからといって、全てが損害賠償請求の対象となるわけではありません。
巷では相談者の方のように、「パワーハラスメント(パワハラ)の類型に当てはまれば、全て損害賠償請求できる」という話がされることがありますが、正確ではありません。
特にパワーハラスメント(パワハラ)事案の難しさは、違法性の証明です。
民法上の不法行為等に該当するためには、違法性を持っていると判断される必要があり、パワーハラスメント(パワハラ)事案においては、加害者が部下を叱咤激励する目的の下に行われることが多いので、違法かどうかの線引きが難しいのです。
特に、上記の類型⑷⑸⑹では、その判断は微妙です。結局は、「正当な職務行為」になるかどうかが分かれ目となります。
パワハラについては以下の裁判例が参考になります。
【参考裁判例(福岡高判平成20年8月25日)】 心理的不可を過度に蓄積させるような行為は、原則として違法であるものの、その行為が合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には、正当な職務行為として、違法性が阻却される場合がある。 |
⑵ 違法性の判断の難しさ
上記の2でお話した⑴のように暴力を伴う行為は、違法性が認められている事案が多いです。
2の⑵のように、精神的な攻撃をする事案も、たとえば、他の従業員がいる前で繰り返し「ばかやろう」と罵る等した事案において違法性が認められています(東京地判平成21年1月16日)。
これに対して、2の⑷「過大な要求」、⑸「過小な要求」、⑹「個の侵害」について「正当な職務行為」といえるかどうかの判断は難しいところです。
結局は、パワーハラスメント(パワハラ)行為の目的、態様、頻度、継続性の程度、被害者と加害者の関係性を総合的に判断しなければ、違法かどうかを判断することはできないのです。
4 パワーハラスメント(パワハラ)の対応は弁護士に相談
パワーハラスメント(パワハラ)被害の賠償請求は、上記のようなハードルが存在します。証拠集めも難しいところがあるため、簡単には認められるものではありません。
しかし、だからといって、会社がパワーハラスメント(パワハラ)を安易に考えることはできません。古い風土や感覚の残る職場では未だパワーハラスメント(パワハラ)が蔓延していることがあります。
パワーハラスメント(パワハラ)のない職場を作り、誰もが働きやすい環境を作るのは会社の義務です。
企業が適切にパワーハラスメント(パワハラ)に対応するには、労働案件の経験のある弁護士への相談は不可欠かと思います。