1 現代社会の実情
病気や精神疾患による休職者の増加
厚生労働省が実施した2020年の労働安全衛生調査(実態調査)によると、過去1年間にメンタルヘルス不調を理由に1ヵ月以上連続して休業した、または退職した従業員がいる事業所の割合は平均で9.2%でした。事業規模別に見ると、規模が大きいほどその割合が高くなる傾向が見られます。
母体の人数が増えることでこの割合が高くなるのは自然なことですが、常用労働者全体を基準とした場合でも、大規模事業所の方が割合が高い結果となっています。組織が大きくなるほど、管理体制が厳しくなったり、仕事の役割や達成感を感じにくくなるといった要因が影響している可能性が考えられます。
2 実際の相談内容
弊社の営業部長を務めていたAのメンタル問題でのご相談です。Aはもともと少しうつ症状があったのですが、営業の仕事のプレッシャーもあり、症状が悪化してしまったようです。それ以外にもプライベートでも、家族のことでトラブルがあったため、うつ病の症状がひどくなってしまったため、私傷病の精神疾患を理由に会社を休むようになりました。こうした私傷病の欠勤が続いたため、会社は就業規則に沿って6ヶ月間の休職を命じることになったのです。休職から5ヶ月くらい経ったところで、Aからは主治医の先生から「営業職以外の精神的負荷がかからない軽業務であれば復職可能」という趣旨の診断書が出されて、営業職以外の仕事への復帰も含めて希望されました。しかし、Aの本来の業務は営業なので、これが無理なら治癒したことにはならないのではないでしょうか。
会社としては休職の期間6ヶ月をもって自然退職扱いにしようと思っていますが、問題はありますでしょうか。 |
【回答】
病気や精神疾患等の私傷病による休職で、復職できるかどうか、というのは、近時非常に多いトラブルです。
相談の方のように、営業職以外の軽易業務を希望している場合、そうした現実に配置可能な業務の有無を検討する義務があります。
そうした検討もせずに自然退職処分とした場合、その処分は無効になる可能性があります。
【解説】
1 休職とは何か
休職とは、労働者が労働することが不能または不適当な事由があった場合に、使用者から労働契約関係は維持させつつ、労働の義務を免除又は禁止すること、と定義されます。
休職制度は、就業規則で整備されていることが多いです。
休職には、病気などを理由とした「傷病休職(病気休職)」、傷病以外の自己都合欠勤を理由とした「事故欠勤休職」、刑事事件で起訴された場合の「起訴休職」等があります。
2 病気や精神疾患での休職トラブル
特に最近トラブルが多いのは、業務外の病気や精神疾患で会社を休む方に命じられる「傷病休職(病気休職)」の場面です。
この休職は、業務外の病気や精神疾患等による欠勤が一定の期間(3~6ヶ月が多いです)になった時に命じられるものです。
休職期間中に病気や精神疾患から回復(治癒)して、会社での労働が可能になれば休職は満了し、会社への復職になります。
これに対して、病気や精神疾患が回復(治癒)しなければ、会社から自然退職又は解雇されることになります。
このように、傷病休職は、労働が不能な労働者についての解雇を一定期間猶予する制度と言われています。
⑴ 病気や精神疾患の回復(治癒)に関するトラブル
病気や精神疾患が回復(治癒)したかどうか、という点が最も多いトラブルです。
問題は、この「治癒」という意味です。どの程度まで回復していれば、病気や精神疾患が回復(治癒)したとされるのでしょうか。
裁判例は、傷病の休職期間の満了時に、従前の業務に復帰できる状態ではなくても、より軽易な業務には就くことができて、労働者からそうした業務での復職の希望がある場合、使用者は現実に配置可能な業務の有無を検討する義務がある、と判断する傾向にあります(片山組事件-最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決)。
休職の期間満了時に、労働者が本来業務に就く程度に回復していなくとも、間もなく回復が見込まれる場合には、可能な限り軽減業務に就かせる義務が、企業の健康配慮義務の一環として樹立されています。
企業としては、主治医の診断書を参考にして段階的に元の業務に復帰させていく等の配慮が必要なのです(菅野和夫教授著「労働法」第12版に同様の記述があります)。
こうした配慮を行わずに、会社が一方的に自然退職扱いや解雇処分を行った場合、その処分は無効というべきです。
主治医の診断書と産業医の診断書の双方からの検討も不可欠です。
⑵ 労働者が休職を求めることはできるか
以上のトラブルの前提ですが、病気や精神疾患が重く、会社を休む状態が続く場合に、労働者の方から休職を申し出ることはできるのでしょうか。
傷病休職の制度が就業規則等の休職の事由を満たしていれば、労働者が休職を求めを拒否することは許されないという考え方があります。
特に、傷病休職の制度は解雇を猶予する制度ですから、休職事由がある場合に、会社がその猶予期間を与えずに一方的に解雇をする、ということは許されないというべきです。
⑶ 病気で休職する場合の賃金について
また、現実的に、休職中に賃金が支払われるかどうか、という点が休職トラブルになることがありますが、取り扱いは企業によって様々です。
病気や精神疾患等の本人の都合による休職の場合は、賃金は支給されないことが多いです。
この場合、健康保険での傷病手当金(健康保険法99条)を受給することで生活の糧にする方法があります。
3 休職についての対応にお悩みの際は労務専門の弁護士に相談することをおすすめします。
⑴ 休職中の対応が極めて重要
仮に病気や精神疾患によって休職となった従業員をどのように職場復帰させるかは非常に難しい問題です。
復帰するかどうかの瀬戸際で対応を焦ってもうまくいくものではありません。
上記のとおり、休職期間満了時点での「治癒」に関するトラブルが多いので、休職期間が終わる前の対応が極めて重要です。
⑵ 休職トラブルは弁護士に相談
今までお話したとおり、休職トラブル、特に病気や精神疾患による休職トラブルについて、初動を適切に行うためにも、労働問題に詳しい弁護士に、直ぐにご相談下さい。
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