相談内容
私は、大手の進学塾で塾講師を勤めていました。
自分で言うのもなんですが、塾一番の人気講師になり、自分を慕って入塾してくる生徒も増えている状態でしたので、一大決心をして独立を決意しました。
前の勤め先の近くで塾を開業するのも気が引けましたが、私を慕う生徒達も沢山いることから、近隣の駅で個人塾を開業して独立することにしたのです。
今までの生徒も来てくれるようになり、順調に売上も伸びていたところ、前の勤め先の大手進学塾が、私に対して、「競業避止義務違反だ」と、事業の差し止めと、損害賠償を請求してきました。
こんなことで夢だった独立を諦めないといけないのでしょうか。
回答
退職後に競業避止義務を負うのは、明確な取り決めをした場合に限られますし、競業避止義務契約の有効性も、職業選択の自由の観点から厳しく判断されます。
差し止めや損害賠償もそう簡単に請求が認められるものではありません。
解説
1 従業員の競業避止義務とは
⑴ 競業避止義務とは何か?
競業避止義務とは、会社と競合する業務を行わない義務をいいます。
会社からは、業務の差し止めや、競業行為をされたことでの売上低下等を理由として損害賠償請求をされることがあります。
⑵ 競業避止義務は同業他社への転職・独立開業に伴うトラブル
競業避止義務を巡っては、相談者のように、塾講師の他、美容師、その他行政書士や社会保険労務士、時には弁護士など、資格を持って独立ができる労働者の方の相談が多いです。
もちろん、それだけではなく、企業において顧客と直接関わる仕事をしてきた方で、特に優秀な方が紛争に巻き込まれることが多いのが特徴です。
独立開業や同業他社への転職に伴う場合にトラブルになりがちです。
正しく、会社側からすれば、「是非とも会社につなぎ止めておきたい」と思うほど優秀な方が独立し、他社の利益のために競業行為を行うとなれば、非常に脅威なわけです。
逆に、優秀な方ほど、独立又は転職して、自分の力を試したいとのモチベーションは高いですし、前の会社からのしがらみによって、その自分の可能性をつぶされたくない、という思いがあるものです。
そうしたことから、紛争も泥沼化することが多いです。
2 労働者はどんな場合に競業避止義務を負うことになるのか
ただし、労働者が競業避止義務を負う場面は限られていると言われます。
競業避止義務を無限定に負うとすれば、労働者は自分の経験や能力を全く活かすことができないことになりかねません。
これは、憲法が定めた「職業選択の自由」を侵害しかねない、重大な事態です。そのため、競業避止義務を負う場面は、場面をわけて慎重に検討しなければならないのです。
⑴ 会社に在職している間の競業避止義務
労働者は、会社と雇用契約(労働契約)を締結して働いている間は、雇用契約書に記載がなくても、労働契約に付随する誠実義務(労働契約法3条4項)の一つとして、競業避止義務を負うと言われています。
そのため、たとえば、在職中に他の同業他社において勤務すること等は、競業避止義務違反になる可能性が高いので注意が必要です。
これに対して、単なる開業の準備行為の場合は検討が必要です。
退職後に開業を予定して、その準備を行う場合、それが直ちに競業行為になるかどうかの判断が問題になります。
線引きは非常に微妙ではありますが、たとえば、在職中に従業員の引き抜きを行っていたとしても、「社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合」に限定して競業避止義務違反になるとした裁判例も存在します(東京地裁平成3年2月25日判決)。
⑵ 退職後に競業避止義務を負うのは明確な根拠がある場合だけ!
特にトラブルになりやすいのは、会社を退職した後に行った競業行為です。
ここでまず重要なのは、会社を退職した後は、労働者は競業避止義務を負わないのが原則である、ということです。
退職後まで競業避止義務を負うのは、就業規則にそうした規程があるか、もしくは、退職後についても競業避止義務を負うとの内容の合意を取り交わす等の根拠がある場合に限られます。
そうした根拠があるかどうかをまず確認すべきです。
3 退職後の競業避止義務違反の責任を負うかどうか
では、競業避止義務を負う根拠がある場合、たとえば、「同業他社には一生就職してはならない」という競業避止の取り決めも有効になるのでしょうか。
いいえ、これでは、先ほどお話しした「職業選択の自由」という憲法上の人権を侵害することは明らかです。
その労働者は、長年のキャリアを全く活かすことができなくなってしまうわけですから。
そこで、実務上は、競業避止義務の有効性について、以下の要素をベースに慎重に検討されます。
最近の裁判例は、有効性を厳格に解釈する傾向にあります。
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4 同業他社への転職・独立を考えている方は弁護士に相談を!
同業他社への転職・独立をする際、特に退職後の競業避止義務の規程がある場合については、慎重に考える必要があります。
もっとも、上でお話ししたとおり、様々な問題がありますので、労働案件の経験のある弁護士への相談は不可欠かと思います。
そうした弁護士であれば、今後の方策に向けて対応策や見通しをアドバイスすることができます。
お悩みの場合はすぐご相談していただくことをお勧めします。