労働条件の不利益な変更(賃金が減額の場合など)について | 弁護士による企業のための労務問題相談

0474019301

労働条件の不利益な変更(賃金が減額の場合など)について

相談内容

労働者の方から、以下のような労働相談がされるケースがよくあります。

先日、私は突然会社の上司に呼び出され、突然給料が30万円から25万円に下がることに同意してほしい、と告げられました。

 

私にも生活がありますので、とてもそんな同意はできないとも思って「持ち帰って検討したい」と言ったのですが、上司は、「今会社が本当にやばい。このままの給料を払っていたら、倒産してしまう。そうすると25万円どころか1円も払えなくなるよ。場合によっては整理解雇もしないとだめだ」と強く言うのです。

そこまで言われたので、私もその場で渋々会社が準備した「賃金引き下げに関する確認書」という書面にサインをしてしまいました。

この変更には応じないとダメなのでしょうか。

こういう場面で、企業経営者の皆様としては、うまく労働条件の不利益変更の同意をしてもらったと考えていらっしゃることが多いのですが。。。

このようなケースでの使用者側の労働条件変更の進め方に問題はないのでしょうか。

回答

賃金の引き下げ等労働条件の不利益変更については、労働者が真の同意が必要で、そう簡単には認められません。

ご相談の使用者側の進め方には少し性急な印象がありますので、注意が必要です。

使用者が労働条件の不利益変更を進める場合は、もう少し説明プロセスを検討して、労働者に丁寧な説明を行って納得を得ていく必要があります。

解説

1 労働条件の不利益な変更とは

労働条件とは、労働契約における、労働者にとって重要な条件のことです。具体的には、以下の項目などが挙げられます。
・賃金: 基本給、残業代、賞与など
・労働時間: 始業・終業時刻、休憩時間、残業時間など
・休日・休暇: 休日日数、年次有給休暇など
・その他の労働条件: 人事配置、退職金、福利厚生など
これらの労働条件を、従業員にとって不利になるように変更することを「不利益変更」といいます。

賃金を引き下げることは、労働者にとって経済的な不利益をもたらすため、典型的な不利益変更にあたります。これらの不利益変更を安易に行うと、後々従業員とのトラブルに発展する可能性もあります。

1 使用者が一方的に労働条件を不利益変更することは許されない

労働契約法8条では、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定されています

この規定は、労働契約の内容である労働条件の変更について労使間の合意を求めたもので、使用者による一方的な変更を許さない趣旨と言われています。

まずこれが大原則です。

したがって、労働者の同意もなく、使用者が賃金等の労働条件を一方的に切り下げるのは無効です

その場合、労働者から切り下げられる前の労働条件に従った請求をされてしまいます。

2 合意による労働条件の変更も「労働者の自由意思に基づく」必要がある

さきほどの相談者の方は、一応書面にはサインをしたようです。

では、これで問題ないのでしょうか。合意さえあれば労働条件の不利益な変更も許されるのでしょうか。

相談者の方のように、サインするしかない状況で、労働条件の不利益な変更に同意することもあります。

しかし、普通に考えれば、使用者から「サインしろ」と迫られてしまうと、そう簡単には断ることができないのが労働者です。

強制や強要とまではいえなくても、「しかたないなあ・・・」と、不本意ながらも同意をしてしまうことが多いのが実際です。

そうした観点から、労働条件変更に関する労働者の同意は、自由意思に基づく必要があります

つまり、「労働条件が不利に変更されてもよい!」と納得して同意することが要求されるのです。

その前提として、使用者からの十分な説明・情報提供が必要です(労働契約法4条1項)。

たとえば、賃金の引き下げに関して、「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由」が要求されるとした裁判例があります。

【山梨県民信用組合事件(最高裁判所第二小法廷判決平成28年2月19日)】

 

就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容および程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯およびその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきである。

賃金の引き下げの同意はそう簡単ではない、ということです。

3 労働条件の変更の際に使用者が気をつけるべきこと

⑴ 無理にサインさせることは禁物、持ち帰りを希望されたら認める

このように、労働条件の不利益変更は安易には認められないのですが、そうは言っても、たとえば、労働条件変更に関する合意書、確認書、さらには新しい労働契約書等にサインをする意味は重要です。

こうした書面は、基本的にはその内容についての合意を表す証拠でして、労働条件変更の説明を受けて納得した、という証拠としての意味があるからです。

しかしながら、基本的には労働者が労働条件の変更について即時に回答する義務まではありません。

会社が労働条件の不利益な変更を求めたのに対して、労働者が「家族と相談してから決めます」など、即答しない場合には、会社から無理してサインを迫るのは禁物です

持ち帰りは認め、その検討の時間猶予を与えるべきです。

⑵ 解雇や退職を盾にして労働条件の不利益変更を迫るのは違法

これも同じですが、この場合、会社は十分な説明・情報提供を行う必要があります。

労働条件の不利益変更と、「賃金減額に同意しないと解雇しないといけない」等と業績不振による整理解雇がセットになるケースもあります。

しかし、そうした場合でも、労働者側からすれば、会社がどうしてそういう状況にあるのか、そして、なぜ自分がそうした不利益を受けなければならないか、十分な説明を受けてから判断する必要があるのは当然のことです。

やはり、会社側としては、無理に解雇や退職を盾にして即答を迫ることは禁物です。持ち帰ってよく考えたいという従業員の希望を無視しないことが大切です

使用者側の労働条件の不利益変更の進め方については「労働条件の変更の方法(人件費の削減など)について」をご覧ください。

4 想定される労働者からの労働条件の不利益変更の争い(労使トラブル内容)

⑴ 「自由な意思」による真の同意がないとの主張をされる

さきほどお話したとおり、「自由な意思」で同意をしていない、ということでの争いとなることは多いです。

特に賃金の引き下げ等の場面では、その自由な意思を認めることができるだけの客観的な状況が必要であるとされるのが実務の考え方です。

⑵ 詐欺取消・錯誤無効の主張をされる

他には、会社が嘘を言ってサインをさせた場合、詐欺による取消(民法96条)によって、同意が無効であるとの主張があります。

たとえば、相談者の方のケースで、会社が本当は全く業績不振に陥っていなかった場合があり得るでしょう。

真意の同意をしていない「勘違い」ということで、錯誤による無効(民法95条)という主張もあり得ます。

⑶ 強迫による取消の主張をされる

また、会社の同意の取り方が、あまりにも強硬で、「強迫」になる場合はその同意を取り消すという主張もあり得ます(民法96条)

何人にも取り囲まれて、何時間もサインを迫られ続けた、等の同意を取り付ける状況がポイントになります。

5 就業規則等の変更による労働条件の不利益変更

以上とは別に、労働者との個別の同意がない場合でも、就業規則の変更等によって労働条件が変更されることがあります(労働契約法9条)。

とはいえ、就業規則の変更は、その変更が合理的であり、かつ変更後の就業規則が労働者に周知されている等の所定の要件を満たす必要があります(労働契約法10条)。

就業規則が知らないままに変更されていたケースでは、その変更自体が有効かどうかを吟味する必要があります。

結構勝手に変更している会社が多いですが、注意が必要です。

詳しい就業規則の変更の進め方については、「弁護士による就業規則作成・見直しの勧め」をご覧ください。

6 労働条件の不利益な変更トラブルを避けるには

⑴ 労働条件変更前をベースとした差額賃金の請求について

特にトラブルとして多い労働条件の不利益変更は、賃金の一方的な引き下げです。

この場合、労働条件の一方的な引き下げを無効として、変更前の賃金をベースとしての賃金請求が考えられます。

⑵ 弁護士相談の勧め

ただ、労働条件が引き下げについて重要なことは適切な説明とプロセスを踏むことです。

企業側としても苦肉の策として労働条件の引き下げを求めるものです。事前に適切な対応をしていけば、労働者の納得を得た形で無用な紛争が避けられることも多いです。

労働条件の決定は、使用者と労働者の合意によって成り立つものであることを肝に銘じて、慎重な対応をしていきましょう。

そして、事前に労使トラブルを防ぐためには、労働案件の経験のある弁護士への相談は不可欠かと思います。

 

 

ご相談予約・お問い合わせはコチラ

 

メールマガジン登録はこちら

 

ページの上部へ戻る