名古屋自動車学校事件最高裁判決(令和5年7月20日最高裁判決)が高齢者の雇用に与える影響 | 弁護士による企業のための労務問題相談

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名古屋自動車学校事件最高裁判決(令和5年7月20日最高裁判決)が高齢者の雇用に与える影響

はじめに

先日、令和5年7月20日に名古屋自動車学校事件最高裁判決が出されました。
この事件は、定年退職後の再雇用の際に、基本給や賞与が大きく引き下げられた従業員が、その待遇が現役正社員と比較して不合理な差別だ、と主張して訴えた事件です。
いわゆる同一労働同一賃金の問題です。

同一労働同一賃金については、2019年12月には厚労省から同一労働同一賃金のガイドラインが確定し、パートタイム・有期雇用労働法の改正も2020年4月1日から施行されています(中小企業は2021年4月)。
2018年のハマキョウレックス・長澤運輸事件最高裁判決では、各種手当に関する待遇格差の判断がなされて注目を集めました。
2020年には、大阪医科大学事件、メトロコマース事件、日本郵政事件と立て続けに最高裁判決が出され、賞与、退職金、休暇等の待遇格差についての判断がされました。

このように、同一労働同一賃金については最高裁判決が様々な労働条件についての判断をしてきたわけですが、賃金の中核というべき基本給について判断した最高裁判決はありませんでした。
名古屋自動車学校事件は、基本給の格差が同一労働同一賃金に反するかどうかという点を判断したもので、企業の労務管理に大きな影響を与える判決であると言えます。

※高齢者雇用に関する弁護士法人戸田労務経営の労務応援コンサルティング

名古屋自動車学校事件最高裁判決の事案

今回の事件の事案の概要は以下のとおりです。

X1 は、昭和51年頃以降正職員として勤務し、主任の役職にあった平成25年7月12日、退職金の支給を受けて定年退職した。
定年退職後再雇用され、同月13日から同30年7月9日までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。
X2は、昭和55年以降正職員として勤務し、主任の役職にあった平成26年10月6日、退職金の支給を受けて定年退職した。X2は、定年退職後再雇用され、同月7日から令和元年9月30日までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。

名古屋自動車学校での正職員と嘱託職員の待遇の違いについては次のとおり規程で定めれられていました。

正職員嘱託職員(定年後65歳まで再雇用)
賃金の構成基本給一律給と功績給から成る
役付手当主任以上の役職に支給
基本給のみ(役職はないので役付手当は無し)
※「賃金体系は勤務形態によりその都度決め、賃金額は経歴、年齢その他の実態を考慮して決める」と規定
賞与夏季及び年末の2回支給
基本給に所定の掛け率を乗じて得た額に10段階の勤務評価分を加えた額
「勤務成績等を考慮して「嘱託職員一時金」を支給することがある」と規定

問題は、正社員と嘱託職員の待遇の違いでした。まずⅩ1は、正職員から嘱託職員になった際に賃金額が次のとおりに減額されました。

定年退職前再雇用後
基本給月額18万1640円再雇用後の1年間は月額8万1738円
その後は月額7万4677円
賞与(1回当たり)平均約23万3000円8万1427円~10万5877円

X2については、次のとおりの減額です。

定年退職前再雇用後
基本給月額16万7250円再雇用後の1年間は月額8万1700円
その後は月額7万2700円
賞与(1回当たり)平均約22万5000円7万3164円~10万7500円

名古屋地裁・高裁の判断(60%基準)

Ⅹ1、Ⅹ2は、こうした基本給と賞与の正社員との格差について、労働契約法20条違反であるとし、その賃金の差額分を請求しました。
そして、名古屋地裁・高裁でⅩらは勝訴したのです。名古屋高裁は次のような判断をしました。

(名古屋高裁令和4年3月25日判決)
Ⅹらについては、定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、嘱託職員である被上告人らの基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、正職員の基本給に勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている。
このような帰結は、労使自治が反映された結果でなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難いことなどに鑑みると、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間における労働条件の相違のうち、Ⅹらの基本給が被上告人らの定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分、及び被上告人らの嘱託職員一時金が被上告人らの定年退職時の基本給の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る部分は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる
※下線は筆者加筆
前提ですが、この事件の嘱託職員Ⅹらについては、正社員との間で①業務の内容及び業務に伴う責任の程度、②職務の内容及び配置の変更の範囲(つまり人事配置等の人材活用の仕組み)については差はありません(労働契約法20条の考慮要素)。
この点は最高裁でも特に問題にはなっていません。

名古屋高裁は、今回の正職員の基本給は「年功的性格」があるという前提の下、基本給と賞与の格差は、60%を下回る範囲で違法だと判断しました。

名古屋自動車学校事件最高裁判決の分析(判断基準)

しかし、最高裁判決は、この地裁・高裁の判断を覆しました。

労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和元年(受)第1190号、第1191号同2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。
※下線は筆者加筆
ここは判断基準(大前提)を論じた部分です。

ポイントは、基本給についても労働契約法20条違反として違法になることはありますよと最高裁が宣言していることですね。
ただ、これが支給目的等の趣旨を踏まえた判断が必要であると、これまでの最高裁判決で確立した内容を確認しています。

※今は労働契約法20条は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆるパートタイム・有期雇用労働法)8条に移っています。

名古屋自動車学校事件最高裁判決の分析(基本給の検討)

次はこの判決の肝となる基本給の分析の部分です。

前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことからすると、正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質をも有するものとみる余地がある
他方で、正職員については、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されていたところ、一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと、その基本給は、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある
そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない
※下線は筆者加筆
最高裁判決は、正職員の基本給の性質を分析します。
面白いのは、「勤続給」「職務給」「職務給」という、日本における伝統的な基本給の中身を最高裁がそれぞれを定義づけながら分析しているところです。

高裁は、勤続給の性質を重視していましたが、よくよく見ると、1年以上勤務した正職員の勤続年数の差はそれほど大きくない。また、正職員の基本給には功績給という項目もあったことから、職務遂行能力に応じた職能給の性質を持っているだろうとの認定です。

こうした基本給の考え方は非常に日本的です。終身雇用の長期雇用システムの中では、年齢や勤続年数に応じて給与が上昇し続けるという給与体系が多かった。ここでの基本給は、最高裁が正に職能給として指摘する「職務遂行能力」というポテンシャルを見越して賃金額を上昇させる形がとられてきたのです。

ポテンシャルというのがミソで、実際の能力や成果に応じたものではないのです。職能資格制度の賃金体系等では、ポテンシャルに応じて賃金が上昇しますが、職能給的な賃金体系の典型です。
日本の基本給は、こういった年齢、勤続、職務内容、職務遂行能力等を総合考慮して決定することがとても多く、「基本給はブラックボックス」と言われる所以です。

この事件での賃金制度の詳細は一審判決から見てもあまり明らかではありませんが、こういった日本的な基本給の性質を論じているのは面白いところです。

次に、嘱託職員の基本給については次のように述べます。

前記事実関係によれば、嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
しかるに、原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。
※下線は筆者加筆
嘱託職員の基本給は、上記の正職員の基本給とは性質が違うと分析しています。

このような基本給を十分に分析をせずに、勤続年数と賃金上昇の比較をもって「年功的賃金」と断じてしまった高裁判決を批判しているわけですね。

労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。
前記事実関係によれば、上告人は、被上告人X1及びその所属する労働組合との間で、嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。
労働契約法20条の待遇格差の合理性の検討の上では、「その他の事情」も踏まえる必要があります。

長澤運輸事件最高裁判決で詳細に論じられている点ですが、基本的に労働条件については労使自治が大前提です。労使交渉でどのように協議されていたかというのは、この判断において非常に重視されています。
労使交渉では、合意できたかどうかの結論だけではなくて、「具体的な経緯」をしっかりと見ないといけないという点を改めて触れている点は重要な部分です。

そして、結論です。

以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
原審名古屋高裁判決は、最初の判断基準で述べられた「基本給の性質」「目的」の検討が不十分であるし、「その他の事情」になる労使交渉の経過も適切に考慮していないと断じます。

こうして、最高裁は原審の判断が誤りだとして、原審差戻し(やり直し)を命じました。

名古屋自動車学校事件最高裁判決の分析(賞与の検討)

続いて、賞与についてです。

前記事実関係によれば、被上告人らに支給された嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準によってではあるが、同時期に支給されていたものであり、正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。
また、上記イのとおり、上告人は、被上告人X1の所属する労働組合等との間で、嘱託職員としての労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたが、原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない
このように、上記相違について、賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
賞与の判断については、比較的あっさりとしています。
賞与についても、その金額等を比較するだけではなくて、性質や目的を分析しないといけないという判断です。

この正職員の賞与は、事案の概要で述べたとおり、基本給を基準として支給することになっています。(年2回、基本給に所定の掛け率を乗じて得た額に10段階の勤務評価分を加えた額を支給
賞与の性質の検討に際しては、その算定基礎となる基本給の性質が問題になります。これは大阪医科大学(大阪医科薬科大学)事件最高裁判決の検討手法です(最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決)。

これまでの理屈からすると、多様な性質を併せ持つ基本給を基礎とする正職員の賞与もまた多様な性質を持つものになり、嘱託職員の一時金との性質との相違があるだろう、ということを暗に仄めかしています。ここは差し戻し後の判断に委ねています。

名古屋自動車学校事件最高裁判決が労務管理に与える影響

最終判断は差し戻された高裁で下されますが、最高裁は高裁の判断を一刀両断していますので、
おそらく基本給の格差が許されるという結論が予想されます。

この名古屋自動車学校事件の第1審・第2審(名古屋地裁・名古屋高裁)が、基本給の60%を超える待遇格差が違法だと判断したことは衝撃でした。

同一労働同一賃金と言いつつ、大半の事件は手当の格差の問題で、賃金の骨格ともいうべき基本給の待遇格差が大きく取り立たされることはほぼなかったのです。
しかも、定年後再雇用の場合は、定年前から賃金水準が75%以下に引き下げらると継続雇用給付の受給要件を満たします(実際、この事件のⅩらは継続雇用給付を受給しています)。
なので、定年後に70%や60%、それ未満の待遇になることは決して珍しいことではありません。
そのため、名古屋自動車学校事件の原審が示した「60%基準」のインパクトは大きかった。
(なぜ60%か、ということは特に示されていませんでしたし。)

私達労務専門家の間では、理屈はよくわからないものの、基本給の格差は60%以上はリスクがあると考えざるを得ませんでした。

これは定年後再雇用の賃金設計にも大きな影響を与えていたと思います。

最高裁が、こうした原審の判断を覆し、破棄差戻しとしました点は大きいです。
最高裁は会社の基本給の性質を分析しました。
日本の基本給は元々多様な要素を含んでいることが多い。「ブラックボックス」と言われる所以です。
単純に基本給の額に差があるから待遇格差が違法であると判断しきれないことが多いところです。

ただ、正直言って、最高裁は、多くの会社が未だに取っている日本的な基本給体系にメスを入れることまでは躊躇したという印象があります。基本給の設計までは法律で「違法」と踏み込みづらいという実態を踏まえたものです。

同一労働同一賃金を志向し、ブラックボックス型の基本給を明確にしようという動きは出てきています。
定年後の賃金設計を組む上でも、この判決の考え方を踏まえつつ、「基本給とは何なのか」を考えるきっかけにしなければなりません。

※高齢者雇用に関する弁護士法人戸田労務経営の労務応援コンサルティング

 

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