適格性判断のための有期雇用契約は試用期間(実質無期雇用)となるか? | 弁護士による企業のための労務問題相談

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適格性判断のための有期雇用契約は試用期間(実質無期雇用)となるか?

(明治安田生命保険事件・東京地裁令和5年2月8日判決)

適格性判断のための有期雇用契約の考え方

労働者を新規採用する際、その適性を見るために、無期ではなく一定期間の有期雇用契約を締結することがあります。
適性判断のためには試用期間を設けることが多いのですが、試用期間は無期契約が前提です。
ただ、試用期間中に「適性が無い」と判断して本採用拒否をしようとしても、これは解雇と同じ法規制が適用され、簡単には行えません。
※参考 「試用期間の労働者の対応について」 

試用期間ではなく一定期間の有期雇用契約とすれば、その有期雇用期間中に「正社員に適さない」と判断した場合、期間満了をもって雇用契約終了とできます。
上記は、そうした適格性判断を審査するために取られる手法で、大企業や教育現場等でも行われるものです。(会社都合の解雇を発生させず、キャリアアップ助成金の申請ができるという点で活用されていることも多いですね)

ところが、こうした適格性判断の有期雇用契約の満了の際のトラブルが増えています。
「適格性判断のための有期雇用契約は、実質的には試用期間だから、無期雇用契約が成立している」
という主張です。

有期雇用契約が無期扱いになるなんてことがあり得るの?と思われるでしょう。
実は、本件については最高裁判所平成2年6月5日判決(神戸弘陵学園事件判決)という最高裁の先例があるのです。
この事件では、私立学校の常勤講師について、1年を単位とする学校教育の勤務を一通り行わせて教員としての適格性を判断するという採用方式が取られていたことが論点となります。1年で契約満了となった講師(原告)が、「実質は試用期間なので不当解雇だ」と主張して学校を訴え、最高裁判決は、この原告の主張を認めました。

ただ、明確な有期雇用契約で契約しているのに、それが無期契約になってしまうというこの最高裁判決のロジックは少々理解しがたい面があります。神戸弘陵学園事件の判決は、各学者からも批判が多く、その適用範囲は限定的に解釈すべきとの見解が有力です。

そして、最近もこの限定的な解釈に倣った裁判例が出ました。明治安田生命保険事件(東京地裁令和5年2月8日判決)です。営業職で入社して、適性を判断するためのアドバイザー見習候補契約という有期雇用契約を会社と締結した労働者についての事件です。
この労働者は、適性を欠くとして雇用期間の満了で退職となったため、上記の神戸弘陵学園事件判決と同じ訴えをしたのです。

しかし、東京地裁はこの訴えを認めませんでした。
東京地裁は、「労働者の適性を把握するために有期雇用契約を締結すること自体は許容されている」と言い切りました。今回のように、「終期が明示的に決まっている以上は、これを試用期間と解することはできない」として、神戸弘陵学園事件判決の射程は及ばないとしたのです。

私が実際に経験した労働審判でも、裁判官は同様の判断をしてくれましたし、「実質試用期間」という判断はかなり限定的に見られているということです。
ということで、適格性判断のために有期雇用契約を活用すること自体は問題ありません。
ただ、有期雇用契約であることはしっかりと明示して、正社員登用するかについては適格性をしっかりと見極めることを説明しておくことが重要ですね。

適格性を見るための有期雇用契約の期間の性質とは

さて、ここからは、私の私見も入った論考です。お時間のある方はお付き合いください。

神戸弘陵学園事件は特殊で、一般化することはできない

まず、上記で触れた最高裁判所平成2年6月5日判決(神戸弘陵学園事件判決)についての分析です。
神戸弘陵学園事件判決は、有期雇用契約を無期雇用契約に変質させるという特殊な判断をした判決と考えられます。

同事件は、上記のとおり1年を単位とする学校教育の勤務を一通り行わせて教員としての適格性を判断するという採用方式が取られていたのですが、以下の事情がありました。

  • 採用面接の際、契約期間が「一応のもの」であることが説明されていた
  • 労働者が1年間の期限付きの他校の就職を断っており、「うちで30年も40年も頑張ってほしい」と学校側が表明していた

つまり、上述の事情もあいまって契約期間の定め自体が形骸化しており、1年間の雇用期間が試用期間付きの無期契約であったと評価できる事案だったのです。
かかる事情の特殊性を度外視して一般化することには疑問です。

神戸弘陵学園事件判決が一般化されることによる実務上の不合理性

それ以上に、神戸弘陵学園事件判決で示された一般論そのものも問題です。
同判決は、一般論において、上記のとおり、適性を見定めるための有期雇用契約が無期雇用契約であるかのような判示を行っています。

しかし、これが独り歩きするとなれば、適正判断の趣旨を含む期間雇用契約がほぼ全て無期雇用契約に転化することとなり、その場合の実務上の不具合は甚大です。

菅野和夫東大名誉教授も、次のように指摘しておられます。

問題は、雇用契約に期間を設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、同期間は契約の存続期間ではなく、無期労働契約下の試用(解約権留保)期間と解すべき、との上記判旨の一般論である。
期間の定めの趣旨・目的が労働者の適性評価のためであるということは、期間満了の際に適性ありとなれば、契約形態を無期契約に変えて雇用を継続する趣旨のはずであるから、『期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意』で締結されることは自己矛盾であり、想定し難い。
とすると、判旨の一般論は、契約期間の趣旨・目的が適性判断であるという場合には(ほとんど)常に試用期間付きの無期労働契約と解すべし、というに等しいこととなる。
引用元:菅野和夫「労働法(第12版)」241~242頁の「*最高裁の判旨への内在的疑問」

有期雇用契約をどのように決めるかについての法規制はない

そもそも有期雇用契約の目的については、労働契約法でも労働基準法においても何らの規制はありませんので、適格性等の判断のための有期雇用契約が禁止されるいわれはありません。
これは先の明治安田生命保険事件でも言及されているところです。

労働契約は、合意原則(労働契約法1条、3条1項参照)を基本としていますが、神戸弘陵学園事件判決の適用場面を広げると、合意とは別に無期契約が成立してしまうことになります。これは労働契約の本質を歪めかねません。

さらに、現実に予定されている雇用施策にも支障をもたらします。
特に、転職市場に乗っているほどのキャリアがある中途採用に際して、能力・適正の判断期間として期間雇用契約を行うことなどは実務上もよく行われております。
さらには、就職困難者を対象として3か月の試験雇用を行って無期雇用かどうかを判断する「トライアル雇用」は、全く有名無実と化すこととなります。
キャリアアップ助成金において想定される「有期雇用⇒正社員」の正社員登用制度は、当初採用時点から有期雇用期間中に正社員としての適性を見極める側面もありますが、これも制度破綻を招きかねません。

そもそも、試用期間に関して解雇権濫用法理が適用される「解約権留保付労働関係」という考え方(最高裁昭和48年12月12日判決=三菱樹脂事件によるもの)は、社内教育を前提とした長期雇用システムにおける新規学卒者の採用を素材に形成されたものであって、これを中途転職市場での期間雇用にも及ぼすこと自体に疑問です。
このように、神戸弘陵学園事件判決は、労働契約法の解釈上も、労使実務の観点からも不合理な点が多いです。

ここも、菅野和夫教授等からの痛烈な批判がなされています。

第1に、わが国の労働法制においては、有期労働契約の目的は格別規制されていないのであって、適性判断や見習いのために有期労働契約を利用することも、格別の規制なく許容されており、実際にもよく行われている。
就職困難者のための有用な行政施策として行われている『トライアル雇用』も、試用目的での有期労働契約を利用してのものである。判旨の上記一般論は、利用目的を制限していないわが国の有期労働契約法制の基本的あり方にそぐわず、そのあり方を利用した雇用政策をも阻害しかねない。
第2に、三菱樹脂事件最高裁判決が樹立した試用期間の法理は、採用当初から長期雇用システムに入る者を採用する場合に関するもので、適用類型を異にしている。
第3に、有期労働契約の雇止めについては、契約更新の合理的期待がある場合には解雇権濫用法理を類推適用する法理が判例上確立され、2012年の労働契約法改正で条文化された。適性判断目的での有期労働契約の雇止めはこの法理によって適切に保護されうるのであって、判旨のような一般論は必要性にも乏しい。
引用元:菅野和夫「労働法」(第12版)241頁以下

神戸弘陵学園事件と同種事案の近時の最高裁判決も神戸弘陵学園事件の考え方は採用していない

上記の明治安田生命保険事件もそうですが、最高裁判決(最高裁平成28年12月1日第一小法廷判決=福原学園〔九州女子短期大学〕事件・労判1156号5頁)でも、神戸弘陵学園事件と同種の事例にもかかわらず、契約どおりの期間雇用契約による処理がされています。

同判決は、3年間は更新があり得る1年有期の契約職員として雇用された短大教員が、1年終了時点で雇止めがされたため、その無効を主張して地位確認請求を行った事案です。

当該雇用は、学内の認識や専任教員移行の実際からすると、試用的な雇用であったこと等から、神戸弘陵学園事件判決の判旨がそのまま適用されるべき事案でした。
実際、福原学園事件の高裁判決は、神戸弘陵学園事件判決にならって、3年間全体が無期雇用契約の試用期間であったと解釈しましたが、最高裁はかかる解釈を採用しませんでした。

福原学園事件最高裁判決は、「本件労働契約は,期間1年の有期労働契約として締結されたものである」ことを前提として、通常の有期雇用契約の枠組みで判断して結論を出しており、神戸弘陵学園事件判決の考え方は一切採用していません。
最高裁においても、神戸弘陵学園事件の射程を極めて限定的に捉えていることが見て取れます。

まとめ=実務への影響

私は、実務上の支障や批判の多い神戸弘陵学園事件判決についての射程は限定的だと思っています。
上記で触れたとおり、解約権留保付労働関係という考え方が、長期雇用システムにおける新規学卒者の採用の場面を想定してきた経緯を踏まえると、適用場面は、新規学卒者採用において有期雇用契約を形骸化させて契約した場面等に限定すべきと思います。
仮に中途採用の場面で適用されるとしても、上記神戸弘陵学園事件判決の事案のように、雇用契約が形骸化していることを双方が認識しており、実質的に無期契約雇用と同視できる場面に限定すべきだと思います。

 

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